日曜日(14日)、私と長男、長男の親友とその連れ合いとで、船を出してイカ釣りに行った。
実はその前の日曜日にも船を出したのだが、それ以前三週間近くも雨が降り続いたせいで水が濁っていて、長女がパロット・フィッシュ(日本では見たことがない魚だ。色は鮮やかだが、白身で大変上品な味である)を一匹、長男の友人の連れ合いが、ウマヅラを沢山釣っただけで、私達は完全な空振りだった。
長女が釣りについて来たのは初めてで、ビギナーズ・ラックという物だろう。このパロット・フィッシュは中華街などで清蒸にして出すが、美味しいので高価な魚である。実に華麗な魚でしょう。
長男は船の上でパロット・フィッシュの鱗を落とし、さばいてしまう。
こうすることで、パロット・フィッシュは持って帰ってすぐ調理できるし、新鮮な味が保たれるし、しかもパロット・フィッシュの内臓を海に帰すことで、他の魚たちの餌になる。
無駄がない。
しかし、船を出して、何もつれないというのは、実にむなしい物である。先週、長女がパロット・フィッシュを釣ったと言っても、それは、私達がねらっていたイカではない。
イカが釣れなかったので、男たち三人は意気消沈して家に帰って、長女の釣ったパロット・フィッシュの清蒸と長男の友人の連れ合いの釣ったウマヅラで作ったカレーをしょんぼりと食べた。
パロット・フィッシュの清蒸は勿論、ウマヅラで作ったカレーも大変美味しかったが、私達には深い欲求不満が残った。
そう言うわけで、今週は何が何でもリベンジ(復讐)だと意気込んで船を出した。
私達が船を出したのは、ピット・ウォーターと言うUの字をうんと長く引延ばした形の深い湾の、外洋に接するぎりぎりの場所である。
貸し船屋で、甲板全体が平らな形で広く、釣りをするのに一番向いているボートを借りて海に出た。これなら思い切り竿を振るえる。
長男は、ピット・ウォーターの湾を調べ上げて、イカの釣れそうな場所をいくつか選んであり、それを順番に回ろうという。
私達がねらうイカはアオリイカであって、アオリイカは昆布などの海草が生えている所に潜んでいる。
長男は、アオリイカのいそうな海草の生えている場所をいくつか当たりを付けてある。
まず、我々は、湾の一番外の出口付近の昆布や海草の生えている岩場に向かった。
巨大な岩がごろごろ転がっており、その周りに確かに昆布や海草が生えている。
その岸から20〜30メートルほどのに、いかりを下ろし、海草の生えているあたりに向かって、仕掛けを投げ始めた。
イカ釣りには、他の釣りのように、生の餌は使わない。
とくに、アオリイカの場合「餌木」という、疑似餌を使う。
この餌木は、魚なんだかエビなんだか、訳の分からない形をしている。
色はご覧のように実にけばけばしい色をしている。
こんなけばけばしい色を、イカは好むのだろうか。
二枚目の上から二番目の餌木の胴体についているのはフグの皮。
これを付けると、良く釣れると言うんだが、今回効果のほどは分からなかった。
この餌木が沈んでいくときに、イカは何か魅力的な食べ物がやってきたと思うのか、抱きつくのである。
抱きついたら最後、餌木の後ろの、残虐な針をご覧下さい。二重に生えている。
その針に、体が(主に脚)が引っかかってしまう。
こんな物を考え出した人間の悪意というものは凄いもんだね。
その悪意に感謝しながら、私達はイカを釣っているというわけだ。
その餌木を何度か、海に振込み、リールを巻き上げることを続けている内に、妙に重くなったな、という感じを受ける。
そこで、更にリールを巻いていくと、おお、餌木にイカが引っかかっているではないか。
ああ、その時の興奮と言ったらない。
実に、もう、言葉には表現できないような興奮、喜び、である。
今回は、最初の場所で十分くらい竿を振っていて、「どうも、ここは駄目かな。場所を変えようか」と言っている内に、私の竿が突絶重くなった。
「おおっ」と思ってリールを巻いていくと、いました。
イカが餌木に抱きついておりました。
しかも、でかい。そのまま引っ張っていって、船の甲板まで取り込むことは難しい。途中で、針が外れて逃げられる可能性が高い。
しかし、運良く、長男がその日は手網を持って来ていた。
ぎりぎりまで、イカを引き寄せておいて、長男が手網で掬ってくれた。
甲板に引き上げてみて、驚いた。
今まで、シドニーで何度もアオリイカを釣ってきたが、こんな大きなイカは初めてだ。
(この写真は餌木が、胴体に引っかかっているが、これは、脚に引っかかったままだと脚がちぎれると言うことから、撮影上の演出として頭の先に引っかけ直した物です。)
体の模様から、これは雄だ。
しかし、凄い引きだった。
このイカ一杯で、家族六人の夕食に充分だ。
しかし、私は、欲が深い。と言うより、釣りをする人間の本能として、もっと釣りたいと思う。
そこで、餌木を振込むこと数分で、今度は、小さめなイカがかかった。
もう、万々歳だ。
これで、もう充分すぎる。
しかし、駄目だ。止められない。
また、餌木を振込んだ。
それを数回繰り返している内に、針先が妙に重たくなった。
アオリイカ釣りは、最初に書いたように、昆布や海草の生えている場所でおこなう。
必然的に、昆布や海草に餌木の針がかかる。いわゆる根掛かりが頻繁に起こる。
その場合、竿を水平に倒して、道糸を手でたぐると、餌木の針が引っかかった昆布や海草のが「ぶつん」という手応えとともに切れて、その瞬間に抵抗はなくなり餌木はその針の部分に海草をたっぷりと付けて戻って来る。
で、その時も、海草に根掛かりをしたな、と思って、竿を水平に倒し、道糸を手でたぐった。
ふつうなら、途中で、海草のちぎれる「ぶつん」という感じがあって、それから餌木が難なくたぐり寄せられる。
ところがその時は、仲々ぶつんと言う海草がちぎれた感覚が手に伝わってこない。それなら、餌木が海草ではなく岩などに引っかかって、動かなくなっているのか、というと、そうではない。
引けば、そのまま、たぐり寄せられてくる。
「おかしいなあ、変な根掛かりだなあ」と思いながら、なおも糸をたぐっていくと、突然、水面下10センチの所に、巨大な目が二つ見えた。その眼と来たら、ピンポン玉より大きい。胴体は巨大で、恐ろしい幅のエンペラが激しく動いている。
「根掛かりじゃない、イカだっ!」私は、叫んだ。
長男が手網を持って飛んで来た。私は思い切り糸を引いた。
その瞬間、突然、何の手応えもなくなり、イカの姿は消えた。
私の手に残ったのは、道糸だけ。
私達は、その道糸を見て唖然となった。
普通リールに巻いた道糸の先に、仕掛けを付ける先糸を1メートル強付ける。
道糸と先糸は、釣りをする人なら誰でも知っている、特殊な方法で結ぶ。
普通、大きな魚がかかって、仕掛けを取られることがあっても、道糸と先糸を結んだ箇所がほどけると言うことはあり得ないし、経験したことがない。
しかし、今回は、それが起こった。
とても信じられないことだ。
長男は悔しがって、「先糸を、今日新しく結び直すべきだった。先週のままだったので、ゆるんでいてはずれてしまったんだ」という。
しかし、道糸と先糸が外れるなどと言うことは起こりえないことだ。
とにかく、かかったイカが尋常ではなかったのだ。
長男の親友は、「エイだったんじゃないだろうか」という。
しかし、エイなら、まるで引きが違う。暴れ方も違う。
あの、やたらと重く、しかもぶるぶると微妙な振動を感じさせるのはイカでしかない。
私は、その巨大のイカと、眼と眼があって互いに見つめ合ったあの瞬間を生涯忘れないだろう。
もし、上手い具合に取り込めたとしたら、いったいどれだけ大きいイカだったのだろう。
アオリイカではない、もっと別の種類の大きいイカだったのではないだろうか。
私達は、「モンスターだ、モンスターだ」と言い合った。
そのモンスターに先糸から餌木まで、みんな持って行かれてしまったので、新たに先糸を付け、餌木も新しくした。
餌木はそれぞれ色とりどりで、いったいどれが良いのか、その時と場所で異なる。
今までモンスターまで含めて三つのイカに手応えのあった「餌木」を失って、私は意気消沈したが、これではならじと、前回日本で買って来たオレンジ色の「餌木」を使って見た。
投げてはリールを巻くことを繰返すこと、数十回、「おっ」ずしりと重くなった。
そのまま、リールを巻くと確かな手応えがある。
巻き続けると、やった、やりました、またまた大きなイカを捕まえた。
長男に手網で取り込んで貰った。
今度は、牝だった。(体に、丸い模様があるのが牝です)
もう、満足だ。
私は1日に、3杯以上のイカは釣らないことにしている。
普通の大きさのイカでも3杯有れば、家族六人が楽しめる。
それ以上イカを取ってしまったら、イカの資源が危うくなる。
長く、イカ釣りを楽しむために、私は、1日に釣るイカの数を制限しているのだ。(これが、釣りをする人間にはとても難しいことなんだ。釣れれば釣れるだけ嬉しい。出来るだけ沢山釣りたい。しかし、みんながそんなことをしたら、イカの数は激減してしまう。現実に最近の日本ではイカの数が減って釣るのが難しくなっているという。イカの資源を保ち、これから先も長い間釣りを楽しむために、この我慢が大切だ)
しかも、今日釣ったイカの内2杯は私がこれまで釣ったことのない大きなイカだ。
こんな大きなイカを釣っていいのかと自分でも驚く大きさのイカだ。
1杯で家族全員、満足できる、と長男は言う。
長男の親友も、最後にやはり、巨大なイカを釣った。
これで、イカ釣りは止めて他の魚を釣ろうと、場所を移ったが、潮の案配が悪くなり、おまけ雨が降ってきて、釣りにはならなくなった。
親友の連れ合いは、ウマヅラ専門で、沢山釣った。
長男は、みんなの面倒を見て回っていたが自分は1杯も釣れなかった。
しかし、そこが、長男の人格の良いところで、「良かった、良かった」と大喜びして、家路に向かった。
さて、イカを釣ったときに一番大事なのは、釣ったら其の場で締めることだ。
眼と眼の間をナイフで突き刺すと、それまで茶色がかっていた胴体が、一瞬の間に真っ白になる。透明になる。
ナイフを下にずらして刺すと、今度は十本の脚の半分が白くなる。
それを横にずらすと残りの脚が白くなる。
その、一瞬の間に白く透明になる様は、凄い物で、初めて見る人はみんな声を上げる。
こうして、締めたイカと、締めないまま自然に死なせてしまったイカとでは味が全然違う。
だから、魚屋などで買ってきたいかがどんなに新鮮だと言っても、刺身にしたときに味が全然違うのだ。
北海道でイカソーメンを食べても、ちっとも美味しくなかった、と言う話を良く聞くが、それは当然のことで、漁師は一度に沢山のイカを釣る。そのイカを一匹ずつ締めている暇がない。
だから、私達が1杯ずつ釣って締めたイカとは味の点で比べものにならないのだ。
締めたイカは、1杯ずつビニールの袋に入れる。
クーラーボックスの氷にイカの身が直接触れると味が落ちるので、袋に入れるのだ。(美味しく食べるために、とても気を使うんですよ)
当然、私達は、釣ったイカは其の場で全て締めて白くしたのだが、家に帰って取り出して驚いた。
真っ白になっていたイカの、体の部分部分が茶色に戻っているではないか。よく見ると、かすかに体が動いている。
完全に死んでいなかったのだ。
なんと言う生命力の強さだろう。
二番目の写真には巻き尺を並べてみたので、大きさが分かるだろう。
そにしても、この目玉見てください。おっかないよね。
私が取り逃がしたイカの目玉はこの二倍は大きかったんだ。モンスターと私達が言うわけが分かるでしょう。
さてこれからが、料理人、長男と次女の腕の振るいどころだ。
長男は、イカをぶつ切りにして、それに片栗粉をまぶして一旦油で揚げた後、それを、ニンニクと赤唐辛子のみじん切りと一緒に再度軽く炒め、五香粉と塩を振りかけ、最後にさっと紹興酒をかけて出来上がり。この紹興酒が決め手なのだそうだ。
その上に、香菜をたっぷりと振りかけた。
イカの歯ごたえが素晴らしく、甘みがあって、それに東南アジア風の味付けが良く合う。この旨さには泣けます。
そして、なんと言っても、イカと来たらイカソーメン、イカ丼ぷりだ。
イカが大きいので身が厚い。そのままイカソーメンにしたのでは、美味しくない。
そこで、次女が四谷荒木町の「寿司金」のおやじさんの様に、技で、イカの身を二枚に開く。これは、イカの身を平らに切開いていくので、難しい。
「寿司金」の親爺さんは、一枚のイカを四枚にまで切開くから凄い。
それを、細切りにして、イカソーメンの出来上がり。
そのままイカソーメンを食べても美味しいが、私の家ではイカどんぶりにする。
酢飯の上に、もみ海苔を敷き、その上にイカソーメンを載せわさびを添え、醤油をかけて食べる。
(残念なことに撮った写真がピンぼけだったため、載せることができない。)
しかし、ああ、まったく、この味と来たら。
これを味わいたいばっかりに、大の大人が一日かけて釣り船を仕立てて出かけるんだ。
だが、実にその苦労のかいはある。
何度食べても、その旨さに心が振るえる。
翌日、シドニーでお世話になっている大先輩をお招きして、このイカどんぶりをご馳走した。
大先輩は、目をむいて「これは、旨い」と仰言った。
これだけ大きいイカは、取ったその日より、一日経った方が熟成して美味しいようだ。
と言うわけで、イカ釣りとイカ料理を堪能しましたが、もう、今季はイカ釣りには行かないことにした。
と言うのは、実は、釣った牝のイカの中に卵が入っていた。
これはいかん。
こんな事をしては、イカが根絶やしになってしまう。
残念だが、来年、またイカの数が増えるまで、我慢することにしよう。
ああ、半年先が待ち遠しい。
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