雁屋哲の美味しんぼ日記


裏庭のキノコ

2009年6月9日(火)@ 23:30 | 雁屋哲の美味しんぼ日記

 朝、長女と次女が「裏庭にキノコが生えている。食べられそうだから、採って食べよう」と言う。
 私は、ひるんだ。「冗談じゃないよ。日本でも、毎年何人か、それこそ、キノコについては良く知り尽くしている人が、毒キノコを食べて命を落としているんだ。そんな、家の裏庭に生えたキノコなんか、食べちゃ駄目だ」と言った。
 すると、娘たちが「とにかく見に来てよ」と言う。
 私の家は、斜面に建っていて、裏庭と言っても、キノコが生えているところまで、石段を十段ほど上らなければならない。
 面倒くさいな、と思いながら、娘たちにせかされて石段を登っていくと、石段の途中の庭にキノコがにょきにょき生えている。
 よく見ると、太くて巨大な松の木があり、その松の木の回りに、松の木を中心とした円を描いて見ると、その円周上に、その地面を覆っている草を押し破ってキノコがてんてんと頭を出している。
「おや」と私は思った。
 これは、松茸の生え方と同じではないか。
 キノコには腐朽菌と菌糸菌の二通りの種類がある。
 腐朽菌とは、たとえば椎茸や、ナメコのように、直接木の樹に生えるキノコである。
 生きている木ではなく、死んだ木の樹に生えるので、腐朽菌という。
 もう一つ、菌糸菌というのは、生きている木のまわりの地面に、キノコが木の根から栄養を貰って菌糸を張り巡らす。その菌糸のあるところから(なぜ、あるところから、などと曖昧な言い方をするかというと、菌糸菌のキノコのことはまだよく分かっていないからだ)、木からではなく地面からキノコが生える。
 松茸、シメジ、などが、その菌糸菌、のキノコである。
(ついでに、現今、スーパーで「シメジ」として売られている物は、本物のシメジはない。人口栽培のヒラタケである。どうして、シメジではない物をシメジと言って通るのか、私は、その、いわゆるシメジを見る度に、心が痛むのである。嘘はいけない。嘘をつくなよ。それに、本物のシメジには及びもつかないが、ヒラタケはヒラタケでとても美味しいじゃないか。嘘の名前を付けられて売られているヒラタケが可哀想だ)
 松茸の生産者は、松の周りの地面(松茸の場合は赤松である)に菌糸が広がっていて白く見えるので、その菌糸が充分に育った地面を「白」と呼ぶ。
 その「白」は年々広がるが、一本の赤松の周りに広がるので、同心円を描く。
 松茸が生えるのは、その「白」の一番外側の円周上である。
 したがって、一本松茸を見つけたら、その松茸を包含する円周を赤松の周りに描いてみると、その円周上に、次々に松茸が見つかる。

 今日、娘たちが発見したキノコは、まさに、一本の松の木の周りにその松の木を中心とした円周上に何本も生えていた。
 中には、落ち葉を持ち上げて、地面の外に頭を出しかけていた物もあった。これは、キノコとして、一番の食べ頃だ。
 色や形は、日本の松茸とは違う。
 傘は広くて平べったいし、全体の色は黄色っぽい。
 しかし、この生え方から言って、松の木と共存する菌糸菌によるキノコではないか。
 であれば、食べられるのでないか。

きのこ1 キノコ2

 とにかく採ろう。
 と言うことになって、私達は、松の木の周りのキノコを採った。

キノコ3 キノコ4

 採ってから、娘たちがキノコの図鑑を調べてみたら、どうやら、キノコの名前は、「乳粟茸(ちちあわだけ)」であると判明。学名は、「Suillus granulatus (L.:Fr.) O.Kuntze」イグチ科、ヌメリイグチ属の物だという。

 その図鑑の言葉を信じて、食べてみることにした。
 まず、昼食に、アサリを使った、スパゲティ・ア・ラ・ ボンゴレを作りそのキノコを混ぜてみた。

スパゲティ・ア・ラ・ ボンゴレ2 スパゲティ・ア・ラ・ ボンゴレ2

 薄切りにしてしまったので分かりづらいけれど、フォークで指し示しているのが当のキノコです。
 これが、実に美味しい。
 ぬめっとした舌触り、しゃっきりとした歯触り、松茸の香りこそないが、味わいが何とも素晴らしい。
「これで、二、三時間経って、誰も死ななければ、大成功だね」と言い合ったが、全く問題は起きない。

 そのキノコは、さらに、出汁、醤油、と一緒に煮て、夕食の時に食べた。

キノコの煮付け1 キノコの煮付け2

 いや、これが、また美味しい。
 こんなに美味しいキノコは滅多にないと皆で感心した。
 出汁と醤油の味付けが良く効いて、ご飯のおかずに最高だった。

 この松の木は、秋になると、沢山の松ぼっくりを付ける。
 そうすると、どこからか、羽の色が真っ黒の「ブラック・コカトゥー」というインコ、オウムの一種が必ず飛来して、数日間留まって「ギャア、ギャア」大騒ぎしながら、松ぼっくりの中の松の実をほじくって食べ尽くす。
 ほら、良くナッツ専門店にいくと、松の実を売っているでしょう。
 その、松の実が私の家の三本の松の木になるんですよ。
 今までは、そのやかましいブラック・コカトゥーに松の木は明け渡していたが、こうして、素晴らしいキノコを秋になって生やすとなっては、私達も真剣になる。
 この、松の木を大事にしなければならない。
 ううむ、今日キノコを見つけた松の木以外の、他の二本の松の木の周りも、注意して見廻らなければならない。
 実に、旨い物は人の心を浮き立たせますな。
 自分ちの裏庭の松の木の周りに生えたキノコを食べて、こんなに嬉しい思いをするなんて、矢張り、シドニーという田舎に済んでいる甲斐があるという物です。

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