雁屋哲の美味しんぼ日記


長い前書き その5

2008年4月29日(火)@ 11:38 | 雁屋哲のシドニー子育て記

 私は大企業や中央官庁に勤めることを悪いことだとは思わない。だが、大企業や、中央官庁に勤めることだけが一番価値の有る人生であるとは思わないのだ。他にももっと価値のある人生があるはずだ。ましてや、それに失敗したから劣等感を抱くなどと全く下らないと思う。(実際にそんな下らない劣等感を抱く人間がいるから情け無い。)
 しかし、小学校から、受験勉強の路線に叩き込まれてしまったら、その他の価値観を持つことが出来るだろうか。
 そんな風にして育った子供は一体どんな人間になるのだろうか。第一、そんな子供は幸せだろうか。
 受験受験で追い捲られる学校生活が楽しいわけがない。楽しくないから、いじめや登校拒否が起きるのではないか。挙げ句の果てに頭でっかちで、心が空っぽの人間になってしまうのではないか。
 私はその様な硬直した価値観、他人の決めたお仕着せの価値観で自分の人生を決めることは、うちの子供にして貰いたくないと思っている。自分自身の価値観は自分で見つけて貰いたい。自分の幸せは、自分で演出して貰いたい。それでこそ、価値ある人生ではないだろうか。
 しかし、現状の日本の教育の中においておけば、たった一つの価値観に染め上げられて身動き出来なくなる。ではどうすれば良いか。
 ひっぺがすことだと私は思った。日本の教育制度から一旦ひっぺがしてやること。ひっぺがす以外に、たった一つの価値観の呪縛から逃れられないと私は思った。
 一旦日本の教育制度からひっぺがしてしまえば、受験の階梯をよじ登って大企業や中央官庁にたどり着く進路には二度と戻れない。となると、いやでも自分で自分自身の価値観を見出してその価値観に基づいた人生を歩むしか道はなくなるだろう。
 しかし、そんなことをすれば、うちの子供たちは大企業や中央官庁に勤めるのは難しくなる。いや、難しいどころか、事実上不可能になるだろう。それはある意味では、子供たちから機会を奪うことである。それはまずいのではないか。親の横暴というものではないのか。私と連れ合いは大いに迷った。
 迷ったが、結局、子供たちを日本の教育体制からひっぺがすことにした。
 人間、生まれてくる親は選べない。どんな親の子供として生まれてくるか、それは全く運命である。であれば、うちの子供たちには、大企業や、中央官庁に勤める機会を奪われるのも、私のような父親の子供として生まれてしまった運命と諦めて貰おう。
 その代わり、人生の楽しさを思いきり味わう生き方を教えてやる。それで、勘弁して貰おう。
 そう、決めた。
 さて、ひっぺがすと言っても簡単なことではない。ひっぺがすのには何が一番良い方法か。学校にそのまま行かせていれば、否応なく日本の教育制度に乗ることになる。と言って学校に行かせないわけには行かない。
 それなら、外国に一旦出るのが一番良いと思った。日本にいては色々未練が残って、上手くひっぺがすことが出来ない恐れがある。
 自分の国の教育制度が気に入らないから外国に逃げ出すというのはひどく不幸なことである。不幸ではあるが、色々考えてもそれ以外に道はなかった。
 取りあえず、二三年、どこかに逃げ出そう。二三年経ったら帰って来て、世の主流から外れてはいるが、自分自身で決めた価値基準によって生きて行く生活を始めさせよう。そう決心した。
 ただ、私達は子供たちに説明は十分にした。私が日本の教育制度に抱いている考え。本当の勉強とはどう言うものか。何故外国に逃げ出さなければならないのか。そのあたりの私の思いを何度も繰り返し語って聞かせた。
 子供たちは本心から納得した訳ではないだろうが、文句を言っても、私に、「商社に勤めている人のことを考えてご覧。海外転勤なんか当たり前のことだ。そうなったら家族全員で外国に行くんだ。それと同じじゃないか」などと押し切られてしまうので、終いには諦めてしまい、さしたる抵抗は示さなかった。しかし、子供心に、外国に出ることはひどく心細いことだったようだ。仲の良い友人たちとも離れてしまうのだから、ずいぶん辛かったことだろうと思う。世間様と同じ考えを持てない男を父親に持った運のつたなさと諦めて貰うしかない。
 自国での難を避けるために外国に逃れる人間のことを難民と呼ぶ。であれば、私達は日本の教育制度という難を避けるために外国に逃れるのだから「教育難民」と言うことになる。そんな訳で私達は「教育難民」になったのだ。


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