私は、中学と高校の時のことを思い出す度に、もう一度ああいうことを繰返さなければいけないのであれば、二度と生まれて来たくない、と、今でも、そう思っている。
思い出すだけで、心に紙やすりをかけられるような気持ちになる。
だから、私の長男長女が小学校に入った時から、私は、連れ合いに、「このまま日本にいたのでは、家の子供たちも受験勉強に追いやられることになる。それは、いやだから、その前に外国に脱走しよう」と言った。私は、自分の経験と自分の思いをじっくりと連れ合いに話したので、連れ合いも、「そこまで言うのなら」と賛成してくれた。
当時、私は漫画の原作を書き始めて十年以上経っていて、「もう、漫画は十分だ」と思って、もう一度大学に入って勉強し直そうと考えた。とは言え、日本の大学に入るのも面白くないから、アメリカの大学に行こうと思い、アメリカの東部と西部をあちこち見て回った。最後に、カリフォルニアのサンタ・バーバラに「カリフォルニア大学、サンタバーバラ分校」を見つけ、気候も町の雰囲気も良さそうだし、私の勉強したい科目もあるから、そこに決めて、住む家まで探して回った。
ところが、その時ビッグ・コミック・スピリッツ誌で始めた「美味しんぼ」が予想もしない好評を得てしまった。当時のスピリッツ誌の編集長は、私が雁屋哲の名前で1974年から「少年サンデー」誌に「男組」と言う漫画を書く機会を与えてくれた人間で、私が漫画の世界で食べて行けるようにしてくれた恩人である。
当時のスピリッツ誌は月二回刊だった。編集長は私に言った。「週刊誌を立ち上げるのが自分の夢だ。今なら、『美味しんぼ』が当たっているからスピリッツ誌を週刊誌に出来る。今、お前にいなくなられたら、週刊誌化することが難しくなる。頼むから、あと二年待ってくれ」
自分の恩人にそう言われてはことわるわけには行かない。私はアメリカ行きは延期して「美味しんぼ」に専念することにした。
そうこうするうちに、長男長女が五年生になるときに、連れ合いが私に言った。「もう五年生よ。このままだったら、近くの公立へやるか、私立へ入れたかったら受験勉強を始めなくては駄目よ」
それを聞いて、私は震え上がった。これは、えらいことになった、何とかしなくてはならない。このままでは、私が過ごしたような、無残な中学高校生活を子供たちが過ごすことになる。
私はとにかく受験勉強主体の日本の教育制度に自分の子供たちを乗せたくない。中学から大学まで一貫教育をする私立学校もあるが、そこにいれるためには小学生に受験勉強をさせなければならない。それは、私の方針に反する。
とにかく日本の教育体制から一度子供たちを引っぺがそう。二三年海外にいて帰って来たらもう子供たちは日本の教育体制には戻れない。それから先のことは、その時に考えよう。とにかく、早く脱出しよう。逃げるしかない。
日本の教育体制から逃げ出す、だから私は自分たちを「教育難民」と言ったのである。
そもそも、私は日本の主流を占める価値観が気にいらない。
日本では全労働者の七十五パーセント以上が何らかの形での雇用労働者である。規模の大小は別にして、何らかの組織に属して給料を貰っているわけである。(二千七年現在、全雇用労働者の二十八パーセントが非正規雇用者、要するに正規社員になれず、属する組織もない、と言うことだが、1988年当時の日本はそうではなかった。二十年前に、日本がこれだけ衰退すると誰が考えただろうか。恐ろしい話しである)属する組織も色々あるが、中でも大企業、中央官庁で働くのが一番地位が高いとされている。従って、みんな大企業、中央官庁に勤めたがる。
しかし、いわゆる一流大学を卒業しなければ、大企業、中央官庁には就職出来ない。
大学に進学できるかどうかは、中学に入るときに既に決まってしまうのが現状だと言う。高校受験の名門中学に入ることが出来れば、大学受験の名門高校に入ることが出来る。それが大学受験の成功につながる。物事は順に行っている。
だが、逆に、高校受験の実績の低い中学に入ったら、そこでおしまい。一流大學はもちろんのこと、大学進学自体が難しくなると言う。
だから、どうしても小学生の受験勉強が激しくならざるを得ない。
高校生になって受験勉強をするのも辛いのに、まだ、心も体も幼い小学生に受験勉強を強いる。どうして、こんなむごいことをするのだろう。
東京だけでも数多くの小学生相手の進学教室がある。進学教室には毎日曜日に大勢の小学生達が模擬試験を受けにやってくる。その小学生達の群を見ていると私は気持ちが暗くなってしまう。一旦あの群に入ってしまったら、模擬試験で良い点を取ること以外のことを考えられなくなるだろう。夜遅くまで勉強し、塾に通い、日曜日にも休むことが出来ず、進学教室に模擬試験を受けに行く。そんな生き方を続けていれば、ただ一つの価値観しか持てなくなる。
いい中学、いい高校、いい大學を卒業して、大企業か中央官庁に勤めること、それが一番価値の有る人生ということになってしまう。そして、それに失敗すると劣等感に苛まれる人生を送ることになる。
長い前書き その4
2008年4月21日(月)@ 13:06 | 雁屋哲のシドニー子育て記
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