このレイコーの話しは、「美味しんぼ」第百二巻で、山岡が雄山に対して反撃するものとして使っている。そこまで私自身が自信を抱くほど美味しいのだ。信じてお試し下さい。
お茶だのコーヒーだのは、嗜好品と言っても極めてまともなものだが、世の中には色々考え込まずにはいられない嗜好品がありますな。
私は蛇年生まれだから煙草が大嫌い。最近、あちこちで禁煙化が進んで来ているので、煙草のみたちは逆上して、「歩行中禁煙や、飛行機の禁煙なんか、個人の自由を束縛する全体主義的な規則だ」などと息巻いている。やはり、ニコチンが頭に回ると理解力が失せるらしいねえ。
最近話題になっているのが、喫煙による肺の血管の狭窄・閉塞症だ。喫煙は肺ガンの原因だが、その肺血管狭窄・閉塞症は喫煙者の三分の一の人が罹り、罹ると呼吸困難で苦しんだ挙げ句に死ぬ。治療法はない。煙草をやめても治らない。それ以上進行しないだけである。今でも日本でも死因の上位にあるが、数年後には全世界の死因の三位になると少し前のアメリカの週刊誌「TIME」が特集を組んでいた。
私は煙草愛好者が肺ガンになろうと、肺血管狭窄・閉塞症になろうと、少しも構わない。ただ、楽しむのは自分たちだけにして、他の人に迷惑をかけないで貰いたいのだ。
煙草のみは自分たちが肺に吸い込む煙より、煙草の燃焼箇所から外に出る副流煙の方が害が大きいことを知っていながら、周囲に副流煙をまき散らしている確信犯である。その副流煙と厭な匂いを、煙草嫌いの者や、幼い子供に平然と嗅がせているその姿を見ると、どうして全体主義を批判出来るのだろうかと思うな。
顔の真ん前で火をつけて吸う煙草も凄いけれど、嗅ぎ煙草という奴も凄いや。私は好奇心が強いので、ヨーロッパに行った時に嗅ぎ煙草を一箱買ってみた。昔のヨーロッパの小説を読むと、貴族たちが素晴らしい装飾のついた小箱から嗅ぎ煙草を出して、ふんふん、と嗅いだりする。煙の出る煙草は駄目でも、それならもしかしたら出来るかも知れないと思って買ったんだが、いやはや、参った。くしゃみなんてもんじゃない。鼻の穴中が火山の噴火口になったみたいで、ひどく苦しんだ。コカインは鼻から吸い込むそうだが、私はそれも出来そうにないな。
更に、噛み煙草というのもある。漫画のポパイを見ていると、プルートやポパイが、茶色の唾をびゅーいと吐き出すところがある。最近、アメリカの大リーグの中継が見られるようになったが、多くの選手たちがしょっちゅう唾を大量に吐き出すのに気がついたでしょう。あれはポパイ同様噛み煙草を噛んでいるからなんだ。チューイング・ガムなら、ああしょっちゅう唾を吐く必要がない。噛み煙草を噛んでいると口の中に煙草味の唾がたまる。それを飲むとよろしくないのであのようにしょっちゅう吐き出す訳だ。
私はアメリカに行った時に、噛み煙草を買ってみた。呆れたことに、噛み煙草でも煙草だというので、日本の税関で税金を取られたことだ。で、噛んでみたのだが、もともと煙草嫌いの人間が、噛み煙草など、受け付けられる訳はない。一口噛んだだけで、飛び上がって吐き出し、その後大リーグの選手より激しく頻繁に唾を吐き出し続けた。私には煙草という煙草は全て駄目だ。
凄いと言えば、ビンロウも凄い。ビンロウとは、正確には檳榔子(ビンロウジ。ビンロウ椰子とも言う)の実の事だが、台湾に行くと道ばたに「檳榔」と看板の出た屋台があちこちにあって、客を引いている。
客を引いていると言ったが、そうも言いたくなるのは、そのビンロウを売るのが皆若い女性で、それも極端に使う布の量を倹約した、衣服と言えばそう言えなくもないと言う物を身にまとっているだけだからである。車で通りすがりに買うお客が多いので、その様な格好をして客の目を引こうという物らしい。
このビンロウの実はまだ未熟なうちに用いるらしく、色は青く大きさは、大粒の南京豆ほど。台湾の屋台で買うと、これに石灰を加え、キンマという植物の葉で巻いたものが、一箱に六個くらい入っている。
で、それを噛む。すると、苦い、えぐい、しぶい、青臭い、ひりひりする、しびれる、と言うような感覚が一気に口の中で爆発する。更にそれをかみ続けると、口一杯に唾液が溢れてくる。それを現地の人は道にはき散らす。私もその通りにした。すると、唾液は真っ赤だ。ビンロウ、石灰、キンマの葉、この三者が合わさるとその様な色になる。台湾の舗道に赤い斑点が散っているのは、そのビンロウを噛んだ人の吐いた唾なのだ。
私は一遍で降参したが、台湾の人はこのビンロウを愛する。台湾だけではない。東南アジア、インドでも、多くの人がこのビンロウを愛用している。ビンロウを噛んでいる人の口は真っ赤で、まるで人でも食ったみたいに不気味に見える。しかもしょっちゅう赤いつばを吐き散らす。
私は一度、インドのダージリンの山の中で、旅行社の人間と交渉しなければならないことがあったが、その人間がビンロウを噛みながら応対するので実に腰が引けた。口の中が真っ赤で、赤いつばを吐き続ける人間と面と向かって、しかもインド人特有の七面倒くさい理屈をねちねちこねられてご覧なさい。もう、一刻も早く逃げ出したくなるから。
何でも、このビンロウを噛んでいると、一種の覚醒剤的な効果を得られると言うことだが、私には何の有り難みも感じられなかった。慣れれば好きになるそうだが、あの手の物には慣れたくないな。
人間の文化が多様な分、嗜好品の種類も多様だ。フランスやドイツでは、ブドウの汁を搾ってぶどう酒になる手前の物を呑む習慣がある。(フランスでは、Vin nouveau、ドイツでは、Das jung Weine、と言う。要するに、若いワインという意味だ)
ある時、私が京都の大先輩と一緒にドイツの食堂に入った時に、メニューにそれを見つけた。一体これは何だろうと二人で首を捻っていたら、その店のウエートレスが、それはワインになる手前の物で、この季節二、三週間だけしか飲めないものだと説明してくれた上に、われわれ二人に一杯ずつただで振る舞ってくれた。
それは自分がいい男だったからだと大先輩は言い張り、私は私がいい男だからだと言い張り、ウエートレスの親切が二人の男の喧嘩を産んでしまった。
で、肝心のその味だが、一口に言ってしまえば、ブドウ・ジュース。もう少し言えば、発酵仕掛けたブドウ・ジュース(当たり前だよね。芸がなさ過ぎだな)。でも、なかなか美味しかった。
おお、しまった。嗜好品の話なのに、肝心のお酒の話が出来なかった。嗜好品の中の嗜好品こそ酒だというのに、これは大失敗だ。でも、酒の話をし出すと切りがないからな。今回は、ワインになる手前のブドウジュースで我慢しておこう。
嗜好品 その2
2008年7月27日(日)@ 18:21 | 未刊行 美味しんぼ塾
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