雁屋哲の美味しんぼ日記


牛肉の旨さ その4

2008年6月8日(日)@ 15:50 | 未刊行 美味しんぼ塾

 私は自分で言うのも何だが大変に上品な人間だ。(おい、おい、本当にいいのかよ、そんな事言って。でも、本人が言うのだから確かだよな)
 しかし、同時に野蛮なところも併せ持っている。肉が舌の上でとろけてしまっては、私の根っこの野蛮な部分が満足してくれないのだ。血の滴るような肉をぎゅいぎゅいと噛みしめたい。その時に出て来る血と肉の混ざった味を楽しみたい。
 そう言う快感は「和牛」からは得られない。「和牛」が極端に高く評価される理由の一つは今まで日本の「食通」と言われた人達が皆老人で歯が弱かったからではなかったかと邪推している。「箸でちぎれるほど柔らかい」と言うのが牛肉のほめ言になっている所なんか、私のその邪推の肩を持つものだね。
 オーストラリアの牛肉はそのぎゅいぎゅい噛むと言う感覚は満足させてくれた。
 しかし、筋があって堅すぎる上に、三度か四度噛むと肉の味が無くなるのが泣き所だった。和牛のうま味はない。
 それが、シドニーでステーキを焼かなくなった理由なんだが、最近現れたオーガニック・ビーフのアイ・オブ・フィレ(フィレ肉の一番真ん中の上等な部分)を焼いてみて、十五年間の渇が癒えましたね。
 サシは殆ど入っていない。全編これ赤身と言って良い。
 ところが、その感触たるや、今までのオージー・ビーフとはまるで違って柔らかい。柔らかいだけでなく、ちゃんと歯ごたえがある。歯ごたえがあるだけではなく、噛めば噛むほどうま味が出て来る。口の中に広がるのは、脂の甘味じゃない。肉汁のどっしりとした味だ。
 私の野蛮な血が騒いで、思わず連れ合いに言いました。「おお、このステーキなら毎日でもいい!」
 脂っこくないから本当に毎日でも食べられる。いや、毎日食べたい。現に、最近は毎日食べているが飽きない。ああ、ありがたや、ありがたや。
 それにまだ良い事がある。同じオーガニック・ビーフでもアイ・オブ・フィレなんて最上級の部分でなければ、その数分の一の値段だ。
 それを買って来て、フード・プロセッサーで自宅で挽肉にしてしまう。
 スィート・ポークもそうだが、自分の家で作った挽肉の旨さを味わうと二度と店で売っている挽肉には満足出来ないね。
 店で売っている挽肉は一体どんな肉を使ったのか分からない。その点、自家製の挽肉は自分の納得の行く肉を使うのだから美味しいわけだ。
 ハンバーグ・ステーキなんてものも、ちゃんとした肉で作ると本当に美味しい物だ。
 三十年以上も前、まだ、日本にハンバーガー・ショップなど登場する以前のことだが、横浜の大桟橋の脇に小さな店があった。
 酒も飲ませるし、コーヒーも出す。港湾関係の人間や欧米人などが昼からウィスキーを飲んでいると言う店だった。
 そこで食べたハンバーガーの味がいまだに忘れられない。大きめのパンに、どっしりと分厚いハンバーグが、タマネギ、トマト、レタス、など沢山の付け合わせと一緒に挟まっていて、食べるのに大口を開けて両手で懸命に押さえなければ口に収まらない始末。実に心豊かになる味だった。
 私は自分の生涯で三度目の事だが数年前東京のハンバーガー・ショップでハンバーガーを食べてみた。なにしろ、べらぼうな安値で評判になっていたのでこれはどんなものか試して見なければならぬと思ったのだ。その評価は敢えて控える。
 ただ、しみじみと思ったのは、頼むから若い人達よ、ハンバーグは自分で作ってくれと言う事だ。
 本当のハンバーガーは牛肉のうま味が充溢しているものだ。噛んで肉汁の出ないハンバーガーなんてそれはハンバーガーじゃない。
 しつこいけれど、繰返す。牛肉の本当の美味しさは、血と肉汁の混ざった味だ。それをぎゅいぎゅいと噛みしめる感触だ。ああ、腹が減った。今日もステーキを食うぞ。


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