雁屋哲の美味しんぼ日記


牛肉の旨さ その3

2008年5月18日(日)@ 15:13 | 未刊行 美味しんぼ塾

 ところが、このオーガニック・ビーフが我が家の食卓を一段と豊かにしてくれた。
 最近私は、ちょいとした身体の事情で今まで以上に肉類を食べる必要が出て来た。で、連れ合いは毎日ステーキを焼いてくれる。
 日本の肉だったらとても毎日は食べられない。まず値段の事がある。日本でフィレ・ステーキ肉を買ったら、一体幾らするか。百グラム三千円なんて肉をこの間日本のスーパー・マーケットで見たぞ。そんなもの、毎日買えるかってんだ。
 こちらでは、最上級のフィレ・ステーキ肉が一キロ二十五ドル(日本円にして百グラム百七十円。オーストラリアでは、肉はキロ単位なんだよ。日本とは肉に対する感覚が違う)、私が今食べているオーガニック・ビーフのフィレ肉が一キロ四十八ドル(日本円にして百グラム三百三十円。この値段は、オーストラリア人にとっては信じられないほどの馬鹿高さなのだ)
 これなら、毎日二百グラムのステーキもそれほど気にせず食べられると言うわけだ。
 値段もそうだが、日本のあの脂っこい牛肉を毎日食べるのは今の私には辛い。
 私は以前から言い続けているんだが、どうも、日本の牛肉は脂に重きを置きすぎていはしないか。東京の有名な焼き肉屋に行ったら、普通のカルビ、上カルビ、特上カルビ、と三種類あった。
 試しに、その三種を取って見た。違いはただ一つ、脂の入り具合だ。普通のカルビでも充分にサシが入っているのに、特上となると脂身の部分の方が赤身の部分より多い。食べてみれば、これ、全て脂の味だ。しかも、特上のカルビは普通のカルビより三倍以上も値段が高い。
 私は、冗談じゃないと思った。脂が多いだけでどうして三倍以上もの値段を付けるんだ。実際、試してみたところ、普通のカルビの方が特上カルビより遙かに肉本来の味がして美味しかった。私は、これからは普通のカルビに限ると思いましたね。(さっきから、サシなんて言葉を使っているけれど、サシとは、肉に入った脂肪分の事だなんてことは言わなくてもいいよね。)
 ある時、オーストラリアの牛肉処理工場に行ったら、日本から送られてきた牛肉の判定基準を見せてくれた。写真付きで説明してあって、サシが入っていればいるほど高く評価されることになっていた。私は松阪牛も神戸牛も本当に美味しいと思う。あの柔らかな蝕感、深い味わい。世界中に「和牛」の名前を轟かせただけの事はあると思う。
 オーストラリアの畜産業者の間では、「和牛」を飼いたいと言うのが、共通の願望になっている。彼らは日本へ行って、「和牛」の味の良さと共に、その値段が法外な事を知って、「それなら、わしらも和牛飼うべえ」となった訳だ。
 だが、日本の畜産業界では、「和牛」の精子を海外に持出す事を禁じているようだ。海外で安い値段で「和牛」を生産されてはたまらないと言う事なのだろう。
 しかし、最近オーストラリアで「和牛」を飼育している話を聞いた。どう言う事なんだと尋ねたら、「和牛」を子牛の段階でオーストラリアに連れて来て飼育するのだという。なるほど、それなら「和牛」の種が海外に流出する事はないのかも知れないが、どうも、なんだか腑に落ちないな)
 和牛は確かに美味しいことを認めた上で言うのだが、サシの入り方で肉の価値を決めるその感覚は片寄り過ぎているように私には思える。すき焼きや、しゃぶしゃぶにする分には脂分が汁に溶け出すから脂っぽさが抜けるが、ステーキにするとサシの味を直接味わう事になる。すると、肉の味より脂の味の方が勝ってしまう。
 私は、ぐいと噛んだ時に肉汁がじゅっと出て来るその味わいを楽しみたいのに、「和牛」のステーキはとろりふわふわして、脂の甘味が舌の上に広がるが、肉を喰らうと言う原始的な感性を満足させてくれない。


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