今は私はすっかり怠け者になってしまったが以前は大晦日になると私はロースト・ビーフを焼いた。
一キロから二キロほどの肉を焼くのにちょうど良い大きさのオーブンを連れ合いが持っていて、それを借りて焼く。
私の好みの焼き方はレアーである。表面はこんがりぱりっとしていて、中は充分に火が通っているが焼けてしまってはいない。鮮やかな赤みが残っていて、肉が軟らかくなければならない。
完全に火を通してしまうと噛んでも美味しい肉汁が口の中に溢れると言う事が無く、ぱさぱさして触感が悪い。どんなに良い肉を使っても、それでは意味が無くなってしまう。
私はオーブンの前に座ってワインを飲みながら時々、肉に串を刺して、串の穴から出て来る肉汁の色で焼け具合を見る。
一度、どう言う訳か火を通しすぎてしまったことがあった。そのとき、私は、庭の真ん中に出て天を仰いで嘆いたそうだ。
それを見ていた連れ合いの母は、その私を余りに可哀想に思って、これから失敗しないようにこれを使いなさい、と言って肉のかたまりの内部の温度を測る温度計を贈ってくれた。金属の串の上に丸い計器盤がついていて、串の先端で検知した温度を計器盤で表示する仕掛けになっていた。その串を肉に刺しておくと焼け具合を温度で知ることが出来るのである。
しかし、何かにつけて無精な私は、折角貰った温度計を使わず、勘に頼り続けている。
どう言う訳かレストランで食べるローストビーフで美味しいことは滅多にないが、私が今までの人生で一番美味しいと思ったローストビーフは「Kihachi」の熊谷喜八さんがまだ葉山の「ラ・マレ・ド・チャヤ」にいた時に作ってくれたものだ。
その日は京都の有名な料理人たちが集る食事会だったが、その主菜として熊谷さんが作ったのだ。味にうるさい京都の面々に何を出したらよいのか熊谷さんは悩んだが、「やはり、最後は自分の真骨頂を見て貰うことにしました」と言ってローストビーフに決めた。当日、熊谷さん風の海の幸を使ったフランス風の料理をたっぷり楽しんだ後に、ローストビーフが登場した。
このローストビーフを今思い出しても身体の芯が震える。驚くほど大きな肉のかたまりがワゴンに乗せられ運ばれてきたのだが、この焼き上がりの姿が美しかった。表面は肉の焼けた色が付いているが、後は芯まで鮮やかな桃色なのだ。
一枚が大人の手のひらより大きい寸法に切ってくれたが、肉はしなやかで柔らかく、噛むと味わい深い肉汁が口の中に広がり、香気が鼻に抜けていく。牛肉の旨味の全てを引き出し、凝縮したのが熊谷さんのローストビーフだった。
それぞれ一家言も二家言もある京都の料亭の主たちも驚嘆・賛嘆・感嘆、そしてにこにこと良い顔になった。美味しい物は人の心を豊かにふくらませ和ませるのである。
熊谷さんのローストビーフを思い出すと自分でローストビーフを焼くのが悲しくなるが、素人は素人なりに楽しめばよいのだ、と居直ることにした。









