シドニーの中華街で中国人が食事をしているところをそれとなく見ていて気がついたことだが、かなりの人間が料理を一旦御飯の上に乗せてしまう。そして、料理を御飯と一緒に威勢良く掻き込む。
日本では御飯を掻き込むのは下品とされていて、懐石料理を筆頭とする上品な食事の席では、してはいけなことになっている。
しかし、中国人の行儀作法は日本人のものと大分違うようで、大抵の中国人が盛大に行う。
日本人は御飯を掻き込むとしても、箸を斜めに持って横方向から御飯を運ぶが、中国人はひじを張って箸を顔の前に垂直に立てて持ち、大きく開けた口の中に御飯を真っ直ぐ正面から掻き込む、と言うよりぐいっと押し込む。実に豪快というか気合いが入っているというか天晴れである。
大体大抵の食べものはそれ自体単独である時より御飯の上に乗せた時に余計に美味しく思える。更に押し進めれば単独で食べるより御飯と一緒に口の中に入れた方が美味しい。
となると、おかずを一口食べて次に御飯を一口、などと言う上品な食べ方より、御飯もろとも料理を口の中に入れる、すなわち掻き込む方が美味しいのだと言うことになる。
日本にだって、御飯の上に何かを乗せて盛大に掻き込まなければその真価を味わえない物がある。
丼物である。その丼物を食べる時に、例えば鰻丼を食べる時に、鰻をまず一切れ口に入れ、咀嚼した後に嚥下し、ややあってやおら御飯を口に入れる、などと言う食べ方をしたんじゃ美味しくない。うなぎとご飯を一緒に口に放り込んでこそ美味しいのであって、その様な食べ方をしようとすると、いきおい掻き込む形にならざるを得ない。
カツ丼だって、牛丼だって、親子丼だってみんなそうだぜ。カツ丼なんてとろりと良い塩梅に火の通った卵に包まれた揚げたてのトンカツを御飯と一緒に、ドスコイ! と口に叩き込む。
そこで何度もくちゃくちゃ噛んだりするなよ。丈夫な歯があれば物を噛んだりするのは二三度で充分だ。にちゃらねちゃらと執拗に咀嚼を続ける人間を見るとちょいとばかり苛立つね。
「なにをねちゃもちゃやってやんでえっ!さっさと飲み込め!歯で噛み足りなけりゃのどちんこで噛みやがれっ!ずごずごっと勢い良く食わねえかっ!」なんて声を荒げたくなる。
卵に包まれたトンカツを御飯と一緒に一気にぐぐぐーいっ!と呑み込むと、その喉を通っていく時の快感たるや、ああ、思わず涙ぐんでしまうじゃないか。
御飯なんて物は、ウグイスが餌を食べる時みたいにちょびちょび食べたんじゃ本当の快感は得られません。その意味で盛大に掻き込んで食べる中国人の正しさは我々丼物を愛する日本人(丼物が嫌いな人はこんな文章を読まないだろうから、そう言う人は無視するぞ)が見事に証明した。
我ながら見事なもんだ。御飯掻き込み問題で連帯の意を表することで、今何かとこじれている日中関係を少しはほぐしただろう。
と自慢して置いて何ですが、ここにおいて、韓国方面から文句が出るかも知れない。
と言うのは、「掻き込む」ためには背中を真っ直ぐに伸ばし両肘を張り、一方の手で飯椀なり丼なりを抱え、箸でもって御飯を口の中に勢い良く力を込めて叩き込んでくれないと感じが出ない。
ところが、韓国では食器を卓から持ち上げて食べるのは作法に反するのである。例えばビビンバであるが、あれなる物も丼は卓の上に置いたまま、顔を丼に近づけてサジですくって口に運ばなければならない。
さらに、石焼きビビンバと来た日には丼自体が加熱してあるから手で持ち上げることなど不可能である。このような状態に置いて、日中流の「掻き込み」式食べ方は出来ない、と韓国人が文句を言い出してもおかしくはない。
しかし、こんなことくらいで、外交感覚に優れた私はひるまないね。
ことの要諦は具と御飯を一緒に大量に一気に口の中に放り込むことである。私はビビンバで試してみた。
ドンブリを卓においたままの俯いた姿勢でも、その気になれば一度に大人のこぶし大の分量を口の中に掻き込むことは出来た。
大丈夫、韓国人も御飯を掻き込むのに問題はない。ああ、良かった。
これで、日韓問題も大丈夫だ。









