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	<title>雁屋哲の美味しんぼ日記 &#187; 未刊行　美味しんぼ塾</title>
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	<description>「美味しんぼ」原作者、雁屋哲の公式ブログ。</description>
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		<title>嗜好品　その２</title>
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		<pubDate>Sun, 27 Jul 2008 08:21:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>雁屋 哲</dc:creator>
				<category><![CDATA[未刊行　美味しんぼ塾]]></category>

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		<description><![CDATA[　このレイコーの話しは、「美味しんぼ」第百二巻で、山岡が雄山に対して反撃するものとして使っている。そこまで私自身が自信を抱くほど美味しいのだ。信じてお試し下さい。
　お茶だのコーヒーだのは、嗜好品と言っても極めてまともな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　このレイコーの話しは、「美味しんぼ」第百二巻で、山岡が雄山に対して反撃するものとして使っている。そこまで私自身が自信を抱くほど美味しいのだ。信じてお試し下さい。<br />
　お茶だのコーヒーだのは、嗜好品と言っても極めてまともなものだが、世の中には色々考え込まずにはいられない嗜好品がありますな。<br />
　私は蛇年生まれだから煙草が大嫌い。最近、あちこちで禁煙化が進んで来ているので、煙草のみたちは逆上して、「歩行中禁煙や、飛行機の禁煙なんか、個人の自由を束縛する全体主義的な規則だ」などと息巻いている。やはり、ニコチンが頭に回ると理解力が失せるらしいねえ。<br />
　最近話題になっているのが、喫煙による肺の血管の狭窄・閉塞症だ。喫煙は肺ガンの原因だが、その肺血管狭窄・閉塞症は喫煙者の三分の一の人が罹り、罹ると呼吸困難で苦しんだ挙げ句に死ぬ。治療法はない。煙草をやめても治らない。それ以上進行しないだけである。今でも日本でも死因の上位にあるが、数年後には全世界の死因の三位になると少し前のアメリカの週刊誌「TIME」が特集を組んでいた。<br />
　私は煙草愛好者が肺ガンになろうと、肺血管狭窄・閉塞症になろうと、少しも構わない。ただ、楽しむのは自分たちだけにして、他の人に迷惑をかけないで貰いたいのだ。<br />
　煙草のみは自分たちが肺に吸い込む煙より、煙草の燃焼箇所から外に出る副流煙の方が害が大きいことを知っていながら、周囲に副流煙をまき散らしている確信犯である。その副流煙と厭な匂いを、煙草嫌いの者や、幼い子供に平然と嗅がせているその姿を見ると、どうして全体主義を批判出来るのだろうかと思うな。<br />
　顔の真ん前で火をつけて吸う煙草も凄いけれど、嗅ぎ煙草という奴も凄いや。私は好奇心が強いので、ヨーロッパに行った時に嗅ぎ煙草を一箱買ってみた。昔のヨーロッパの小説を読むと、貴族たちが素晴らしい装飾のついた小箱から嗅ぎ煙草を出して、ふんふん、と嗅いだりする。煙の出る煙草は駄目でも、それならもしかしたら出来るかも知れないと思って買ったんだが、いやはや、参った。くしゃみなんてもんじゃない。鼻の穴中が火山の噴火口になったみたいで、ひどく苦しんだ。コカインは鼻から吸い込むそうだが、私はそれも出来そうにないな。<br />
　更に、噛み煙草というのもある。漫画のポパイを見ていると、プルートやポパイが、茶色の唾をびゅーいと吐き出すところがある。最近、アメリカの大リーグの中継が見られるようになったが、多くの選手たちがしょっちゅう唾を大量に吐き出すのに気がついたでしょう。あれはポパイ同様噛み煙草を噛んでいるからなんだ。チューイング・ガムなら、ああしょっちゅう唾を吐く必要がない。噛み煙草を噛んでいると口の中に煙草味の唾がたまる。それを飲むとよろしくないのであのようにしょっちゅう吐き出す訳だ。<br />
　私はアメリカに行った時に、噛み煙草を買ってみた。呆れたことに、噛み煙草でも煙草だというので、日本の税関で税金を取られたことだ。で、噛んでみたのだが、もともと煙草嫌いの人間が、噛み煙草など、受け付けられる訳はない。一口噛んだだけで、飛び上がって吐き出し、その後大リーグの選手より激しく頻繁に唾を吐き出し続けた。私には煙草という煙草は全て駄目だ。<br />
　凄いと言えば、ビンロウも凄い。ビンロウとは、正確には檳榔子（ビンロウジ。ビンロウ椰子とも言う）の実の事だが、台湾に行くと道ばたに「檳榔」と看板の出た屋台があちこちにあって、客を引いている。<br />
　客を引いていると言ったが、そうも言いたくなるのは、そのビンロウを売るのが皆若い女性で、それも極端に使う布の量を倹約した、衣服と言えばそう言えなくもないと言う物を身にまとっているだけだからである。車で通りすがりに買うお客が多いので、その様な格好をして客の目を引こうという物らしい。<br />
　このビンロウの実はまだ未熟なうちに用いるらしく、色は青く大きさは、大粒の南京豆ほど。台湾の屋台で買うと、これに石灰を加え、キンマという植物の葉で巻いたものが、一箱に六個くらい入っている。<br />
　で、それを噛む。すると、苦い、えぐい、しぶい、青臭い、ひりひりする、しびれる、と言うような感覚が一気に口の中で爆発する。更にそれをかみ続けると、口一杯に唾液が溢れてくる。それを現地の人は道にはき散らす。私もその通りにした。すると、唾液は真っ赤だ。ビンロウ、石灰、キンマの葉、この三者が合わさるとその様な色になる。台湾の舗道に赤い斑点が散っているのは、そのビンロウを噛んだ人の吐いた唾なのだ。<br />
　私は一遍で降参したが、台湾の人はこのビンロウを愛する。台湾だけではない。東南アジア、インドでも、多くの人がこのビンロウを愛用している。ビンロウを噛んでいる人の口は真っ赤で、まるで人でも食ったみたいに不気味に見える。しかもしょっちゅう赤いつばを吐き散らす。<br />
　私は一度、インドのダージリンの山の中で、旅行社の人間と交渉しなければならないことがあったが、その人間がビンロウを噛みながら応対するので実に腰が引けた。口の中が真っ赤で、赤いつばを吐き続ける人間と面と向かって、しかもインド人特有の七面倒くさい理屈をねちねちこねられてご覧なさい。もう、一刻も早く逃げ出したくなるから。<br />
　何でも、このビンロウを噛んでいると、一種の覚醒剤的な効果を得られると言うことだが、私には何の有り難みも感じられなかった。慣れれば好きになるそうだが、あの手の物には慣れたくないな。<br />
　人間の文化が多様な分、嗜好品の種類も多様だ。フランスやドイツでは、ブドウの汁を搾ってぶどう酒になる手前の物を呑む習慣がある。（フランスでは、Vin nouveau、ドイツでは、Das jung Weine、と言う。要するに、若いワインという意味だ）<br />
　ある時、私が京都の大先輩と一緒にドイツの食堂に入った時に、メニューにそれを見つけた。一体これは何だろうと二人で首を捻っていたら、その店のウエートレスが、それはワインになる手前の物で、この季節二、三週間だけしか飲めないものだと説明してくれた上に、われわれ二人に一杯ずつただで振る舞ってくれた。<br />
　それは自分がいい男だったからだと大先輩は言い張り、私は私がいい男だからだと言い張り、ウエートレスの親切が二人の男の喧嘩を産んでしまった。<br />
　で、肝心のその味だが、一口に言ってしまえば、ブドウ・ジュース。もう少し言えば、発酵仕掛けたブドウ・ジュース（当たり前だよね。芸がなさ過ぎだな）。でも、なかなか美味しかった。<br />
　おお、しまった。嗜好品の話なのに、肝心のお酒の話が出来なかった。嗜好品の中の嗜好品こそ酒だというのに、これは大失敗だ。でも、酒の話をし出すと切りがないからな。今回は、ワインになる手前のブドウジュースで我慢しておこう。</p>
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		<title>嗜好品　その１</title>
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		<pubDate>Sat, 14 Jun 2008 03:54:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>雁屋 哲</dc:creator>
				<category><![CDATA[未刊行　美味しんぼ塾]]></category>

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		<description><![CDATA[　お茶やコーヒーなどの嗜好品は無くても命に関わることはない。無くても人間が生きて行くのに何ら不都合はない。とは言え、お茶やコーヒーがなかったら人生淋しい物になるだろうなあ。
　私の嗜好品の第一はお茶だ。
　私は、緑茶、ほ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　お茶やコーヒーなどの嗜好品は無くても命に関わることはない。無くても人間が生きて行くのに何ら不都合はない。とは言え、お茶やコーヒーがなかったら人生淋しい物になるだろうなあ。<br />
　私の嗜好品の第一はお茶だ。<br />
　私は、緑茶、ほうじ茶、中国の様々なお茶、紅茶、要するにお茶がなければ一日として生きて行けない人間である。<br />
　特に緑茶は子供の頃から飲んでいるので、良いお茶がなければどうにもこうにも身動き出来ないくらいお茶に頼っている。</p>
<p>　私の母の兄である伯父は先年９３歳でなくなったが、静岡の在で（ここらでちょいと、国語の講義をするぞ。おじ、と言っても伯父と叔父との違いをご存知でしょうか。伯父は自分の父親、母親の兄に当たる人について言う。それに対して叔父は自分の父親、母親の弟について言う、とこうなっているのだ。で、道を歩いている中年の男をつかまえて「おじさん」という場合は、伯父でも叔父でもない。せいぜい、小父さんくらいの所だろうか。）、毎年お茶とミカンを沢山送ってくれたので、子供の頃から、緑茶に親しんでいたのだが、何も知らないと言うことは恐ろしい。社会に出るまで、私は、伯父がどんなに素晴らしいお茶を送ってくれていたか知らなかった。<br />
　大学を出て、会社勤めをした時に、会社でみんなが飲んでいるお茶を飲んで私は仰天した。色がまず不自然だ。あり得ないような緑色と黄色の混ざった色だ。香りが情けない。しっけた海苔のような匂い。味は最早言うまでもない。<br />
　これがお茶なら私が子供の頃から飲んでいた物はお茶ではない。しかし、私は正真正銘のお茶を飲んでいた。で、あるなら、これはお茶ではない。<br />
　その会社でみんなが飲んでいるお茶の葉っぱを見て私はほとんど気が遠くなった。不自然な浅い緑色で、艶がない。形が平べったくて短い。おまけに変に粉っぽい。<br />
　私の伯父の送ってくれるお茶の葉は細く丸まって一つ一つが針のよう、色は緑色が深くてほとんど黒く見え、しかも艶々と光っている。そして、所々、お茶の葉が固まって薄い餅のようになっている部分がある。更に、淹れてみると、お茶の表面に細かなホコリのような物が沢山浮かぶ。<br />
　で、ある時、伯父に尋ねた「どうして、こんなにお茶の葉がくっついてお餅のようになっているの、淹れた時に表面に浮かぶのは葉っぱについているホコリなの」<br />
　すると伯父は、待ってましたとばかりに答えてくれた。「お茶の新芽の一番良い所を丁寧に手で揉むから、葉っぱの一枚一枚が針のようになる。余りに柔らかな新芽は揉んでいるうちにお互いにくっついてところどころ餅のようになってしまう。この、葉っぱが餅のようになっているところが、如何にこのお茶が素晴らしい新芽を使っているかの証拠なんだ。そして、お茶を入れた時に表面に浮かぶ粉のような物は、お茶の葉に生えているうぶ毛だ。新芽だからうぶ毛が残っている。二番茶、三番茶では、このうぶ毛は消えてしまう。お茶の善し悪しの見分けるのに、まず、お茶の葉の形が針のように細く、色は黒く見えるまでに緑色が濃いこと。お茶の葉が互いにくっついて餅のようになった部分があること。淹れた時に表面にうぶ毛が沢山浮かぶこと。これを覚えておきなさい」<br />
　こんなことを子供の頃から叩き込まれたからたまらない。私は今でも、よそでお茶を出されると本当に困ってしまう。まずいお茶を飲むのは本当に苦痛だ。<br />
　私は自分の気にいったお茶を淹れるのに、湯を冷ますところから始まって、淹れ終わるまでに十分以上かかる。<br />
　娘たちは良く知っていて、私がお茶を淹れ始めると傍にいて、淹れ終わると「一口頂戴」と言って味わう。「どうだ」と尋ねると満足げに「美味しいわ」と言う。時には私も上手く淹れられない時もある。そう言う時には「今日はちょっと失敗」と言って味わわせる。逆に自分でも上手く淹れられた時には、私の方から娘たちを呼ぶ。「今日はうまくはいったぞ」娘たちは大いに満足する。一番良い葉を使って、細心の注意を払って淹れても失敗するところが、お茶の難しいところだ。<br />
　それを、ろくでもない葉を使って、熱湯をじゃっと注いだようなお茶を飲まなければならない羽目になった時は泣きたくなる。私はお茶だけは贅沢をしたいのだ。<br />
　同じ夫婦でも面白いもので、私の連れ合いはお茶よりコーヒーに熱狂的な愛情を抱いている。一日に最低で八杯は飲む。連れ合いは自分の一日の水分摂取はコーヒーによってのみ行っていると豪語しているくらいだ。<br />
　そのコーヒー熱が娘たちに遺伝して、我が家の食後は、女たちがコーヒーを飲み、私が粛々とお茶を淹れると言うことになっている。私もコーヒーは好きなのだが、これがまた厄介な性格で、淹れるとなると徹底的に凝ってしまい、機械で簡単に淹れると言うのでは満足出来ない。<br />
　大学生の時に、凝りに凝って、豆の選定から、煎り方、挽き方まで心を悩ませ、ネルの袋にたっぷりのコーヒーの粉を入れて、念入りに淹れる、と言うことをさんざん続けて、何とか香りも味も自分に満足の行くものを淹れようと、熱中したものである。<br />
　私が一番苦しんだのは、淹れる前のコーヒーの粉のあの香ばしい香りが、淹れてしまうと失せてしまうことだった。あれこれ、考えられることを色々試したが、一旦淹れてしまうと、コーヒーがまだ粉だった時のあの香ばしさは失われてしまう。<br />
　さんざん苦しんで、諦めた時に、ダッチ・コーヒーという水出しコーヒーに出会った。大きなガラスの管にコーヒーの粉を詰め、湯ではなく水を注いで、じっくり何時間もかけてコーヒーを抽出しようと言うものである。その水出しコーヒーを飲んだ時、自分の今まで苦労は何だったのか、と力の抜ける思いをした。コーヒーの粉の時のあの香ばしさがそのま残っているではないか。味もとげとげしさがなくふっくらとしている。<br />
　水出しコーヒーはそのまま冷たくても美味しいし、温めても香りは変わらない。自分でコーヒーを淹れる時にコーヒーの粉に熱湯を注ぐことで香りが飛び、味が変質してしまっていたことに、私はその時になってやっと気がついたのだ。<br />
　ところで、その水出しコーヒーだが、ダッチ・コーヒーの道具はでかいし高価だ。あのような高価な道具が無くても簡単に水出しコーヒーを作れることを、友人に伝授されたので、読者諸姉諸兄にも教えて上げよう。<br />
　必要な道具は、麦茶などを作る時に使うガラスの瓶。何処のご家庭でも、袋入りの麦茶をその瓶に入れて、水を満たして冷蔵庫に入れておく、なんてことをしているでしょう。無かったら買いなさい。たかだか数百円のもののはずだ。必要なのはその瓶だけ。<br />
　その瓶に好みの量のコーヒーの粉を入れる。水を注ぐ。それを冷蔵庫に入れて一晩おいておく。翌日、濾紙で濾してカップにとって見ると、おお、なんと言うこと、素晴らしい水出しコーヒーが出来上がっている。<br />
　こんなに簡単なのに、仕上がりの味と来たら、ぐうの音も出ない、と言う奴だ。コーヒー好きな方は是非おためし下さいませ。夏なんか特に最高だね。<br />
　うちではこれを「レイコー」と呼んでいる。（関西に行った時、喫茶店で、アイス・コーヒーを冷たいコーヒー、略してレイコーというのを聞いてひっくり返った。われわれ関東の人間には絶対無い言語感覚だ。余りに驚いたので、冗談に使っていたら、あれま、いつの間にか我が家では常用単語になってしまった。関西の影響は怖いなあ）<br />
　このレイコーの話しは、「美味しんぼ」第百二巻で、山岡が雄山に対して反撃するものとして使っている。そこまで私自身が自信を抱くほど　美味しいのだ。信じてお試し下さい。</p>
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		<title>牛肉の旨さ　その４</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Jun 2008 05:50:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>雁屋 哲</dc:creator>
				<category><![CDATA[未刊行　美味しんぼ塾]]></category>

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		<description><![CDATA[　私は自分で言うのも何だが大変に上品な人間だ。（おい、おい、本当にいいのかよ、そんな事言って。でも、本人が言うのだから確かだよな）
　しかし、同時に野蛮なところも併せ持っている。肉が舌の上でとろけてしまっては、私の根っこ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　私は自分で言うのも何だが大変に上品な人間だ。（おい、おい、本当にいいのかよ、そんな事言って。でも、本人が言うのだから確かだよな）<br />
　しかし、同時に野蛮なところも併せ持っている。肉が舌の上でとろけてしまっては、私の根っこの野蛮な部分が満足してくれないのだ。血の滴るような肉をぎゅいぎゅいと噛みしめたい。その時に出て来る血と肉の混ざった味を楽しみたい。<br />
　そう言う快感は「和牛」からは得られない。「和牛」が極端に高く評価される理由の一つは今まで日本の「食通」と言われた人達が皆老人で歯が弱かったからではなかったかと邪推している。「箸でちぎれるほど柔らかい」と言うのが牛肉のほめ言になっている所なんか、私のその邪推の肩を持つものだね。<br />
　オーストラリアの牛肉はそのぎゅいぎゅい噛むと言う感覚は満足させてくれた。<br />
　しかし、筋があって堅すぎる上に、三度か四度噛むと肉の味が無くなるのが泣き所だった。和牛のうま味はない。<br />
　それが、シドニーでステーキを焼かなくなった理由なんだが、最近現れたオーガニック・ビーフのアイ・オブ・フィレ（フィレ肉の一番真ん中の上等な部分）を焼いてみて、十五年間の渇が癒えましたね。<br />
　サシは殆ど入っていない。全編これ赤身と言って良い。<br />
　ところが、その感触たるや、今までのオージー・ビーフとはまるで違って柔らかい。柔らかいだけでなく、ちゃんと歯ごたえがある。歯ごたえがあるだけではなく、噛めば噛むほどうま味が出て来る。口の中に広がるのは、脂の甘味じゃない。肉汁のどっしりとした味だ。<br />
　私の野蛮な血が騒いで、思わず連れ合いに言いました。「おお、このステーキなら毎日でもいい！」<br />
　脂っこくないから本当に毎日でも食べられる。いや、毎日食べたい。現に、最近は毎日食べているが飽きない。ああ、ありがたや、ありがたや。<br />
　それにまだ良い事がある。同じオーガニック・ビーフでもアイ・オブ・フィレなんて最上級の部分でなければ、その数分の一の値段だ。<br />
　それを買って来て、フード・プロセッサーで自宅で挽肉にしてしまう。<br />
　スィート・ポークもそうだが、自分の家で作った挽肉の旨さを味わうと二度と店で売っている挽肉には満足出来ないね。<br />
　店で売っている挽肉は一体どんな肉を使ったのか分からない。その点、自家製の挽肉は自分の納得の行く肉を使うのだから美味しいわけだ。<br />
　ハンバーグ・ステーキなんてものも、ちゃんとした肉で作ると本当に美味しい物だ。<br />
　三十年以上も前、まだ、日本にハンバーガー・ショップなど登場する以前のことだが、横浜の大桟橋の脇に小さな店があった。<br />
　酒も飲ませるし、コーヒーも出す。港湾関係の人間や欧米人などが昼からウィスキーを飲んでいると言う店だった。<br />
　そこで食べたハンバーガーの味がいまだに忘れられない。大きめのパンに、どっしりと分厚いハンバーグが、タマネギ、トマト、レタス、など沢山の付け合わせと一緒に挟まっていて、食べるのに大口を開けて両手で懸命に押さえなければ口に収まらない始末。実に心豊かになる味だった。<br />
　私は自分の生涯で三度目の事だが数年前東京のハンバーガー・ショップでハンバーガーを食べてみた。なにしろ、べらぼうな安値で評判になっていたのでこれはどんなものか試して見なければならぬと思ったのだ。その評価は敢えて控える。<br />
　ただ、しみじみと思ったのは、頼むから若い人達よ、ハンバーグは自分で作ってくれと言う事だ。<br />
　本当のハンバーガーは牛肉のうま味が充溢しているものだ。噛んで肉汁の出ないハンバーガーなんてそれはハンバーガーじゃない。<br />
　しつこいけれど、繰返す。牛肉の本当の美味しさは、血と肉汁の混ざった味だ。それをぎゅいぎゅいと噛みしめる感触だ。ああ、腹が減った。今日もステーキを食うぞ。</p>
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		<title>牛肉の旨さ　その３</title>
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		<pubDate>Sun, 18 May 2008 05:13:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>雁屋 哲</dc:creator>
				<category><![CDATA[未刊行　美味しんぼ塾]]></category>

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		<description><![CDATA[　ところが、このオーガニック・ビーフが我が家の食卓を一段と豊かにしてくれた。
　最近私は、ちょいとした身体の事情で今まで以上に肉類を食べる必要が出て来た。で、連れ合いは毎日ステーキを焼いてくれる。
　日本の肉だったらとて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ところが、このオーガニック・ビーフが我が家の食卓を一段と豊かにしてくれた。<br />
　最近私は、ちょいとした身体の事情で今まで以上に肉類を食べる必要が出て来た。で、連れ合いは毎日ステーキを焼いてくれる。<br />
　日本の肉だったらとても毎日は食べられない。まず値段の事がある。日本でフィレ・ステーキ肉を買ったら、一体幾らするか。百グラム三千円なんて肉をこの間日本のスーパー・マーケットで見たぞ。そんなもの、毎日買えるかってんだ。<br />
　こちらでは、最上級のフィレ・ステーキ肉が一キロ二十五ドル（日本円にして百グラム百七十円。オーストラリアでは、肉はキロ単位なんだよ。日本とは肉に対する感覚が違う）、私が今食べているオーガニック・ビーフのフィレ肉が一キロ四十八ドル（日本円にして百グラム三百三十円。この値段は、オーストラリア人にとっては信じられないほどの馬鹿高さなのだ）<br />
　これなら、毎日二百グラムのステーキもそれほど気にせず食べられると言うわけだ。<br />
　値段もそうだが、日本のあの脂っこい牛肉を毎日食べるのは今の私には辛い。<br />
　私は以前から言い続けているんだが、どうも、日本の牛肉は脂に重きを置きすぎていはしないか。東京の有名な焼き肉屋に行ったら、普通のカルビ、上カルビ、特上カルビ、と三種類あった。<br />
　試しに、その三種を取って見た。違いはただ一つ、脂の入り具合だ。普通のカルビでも充分にサシが入っているのに、特上となると脂身の部分の方が赤身の部分より多い。食べてみれば、これ、全て脂の味だ。しかも、特上のカルビは普通のカルビより三倍以上も値段が高い。<br />
　私は、冗談じゃないと思った。脂が多いだけでどうして三倍以上もの値段を付けるんだ。実際、試してみたところ、普通のカルビの方が特上カルビより遙かに肉本来の味がして美味しかった。私は、これからは普通のカルビに限ると思いましたね。（さっきから、サシなんて言葉を使っているけれど、サシとは、肉に入った脂肪分の事だなんてことは言わなくてもいいよね。）<br />
　ある時、オーストラリアの牛肉処理工場に行ったら、日本から送られてきた牛肉の判定基準を見せてくれた。写真付きで説明してあって、サシが入っていればいるほど高く評価されることになっていた。私は松阪牛も神戸牛も本当に美味しいと思う。あの柔らかな蝕感、深い味わい。世界中に「和牛」の名前を轟かせただけの事はあると思う。<br />
　オーストラリアの畜産業者の間では、「和牛」を飼いたいと言うのが、共通の願望になっている。彼らは日本へ行って、「和牛」の味の良さと共に、その値段が法外な事を知って、「それなら、わしらも和牛飼うべえ」となった訳だ。<br />
　だが、日本の畜産業界では、「和牛」の精子を海外に持出す事を禁じているようだ。海外で安い値段で「和牛」を生産されてはたまらないと言う事なのだろう。<br />
　しかし、最近オーストラリアで「和牛」を飼育している話を聞いた。どう言う事なんだと尋ねたら、「和牛」を子牛の段階でオーストラリアに連れて来て飼育するのだという。なるほど、それなら「和牛」の種が海外に流出する事はないのかも知れないが、どうも、なんだか腑に落ちないな）<br />
　和牛は確かに美味しいことを認めた上で言うのだが、サシの入り方で肉の価値を決めるその感覚は片寄り過ぎているように私には思える。すき焼きや、しゃぶしゃぶにする分には脂分が汁に溶け出すから脂っぽさが抜けるが、ステーキにするとサシの味を直接味わう事になる。すると、肉の味より脂の味の方が勝ってしまう。<br />
　私は、ぐいと噛んだ時に肉汁がじゅっと出て来るその味わいを楽しみたいのに、「和牛」のステーキはとろりふわふわして、脂の甘味が舌の上に広がるが、肉を喰らうと言う原始的な感性を満足させてくれない。</p>
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		<title>牛肉の旨さ　その２</title>
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		<pubDate>Tue, 06 May 2008 03:31:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>雁屋 哲</dc:creator>
				<category><![CDATA[未刊行　美味しんぼ塾]]></category>

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		<description><![CDATA[　そんな情けない思いをしていたところに登場したのがスィート・ポークだ。
　これは、日本で取り寄せていた黒豚に負けない旨さだ。しっとりした肉質、肉からにじみ出るうま味。また、脂身がとろりさらりとしていて、頬に笑い皺が増えて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　そんな情けない思いをしていたところに登場したのがスィート・ポークだ。<br />
　これは、日本で取り寄せていた黒豚に負けない旨さだ。しっとりした肉質、肉からにじみ出るうま味。また、脂身がとろりさらりとしていて、頬に笑い皺が増えてしまう。しかも、取り寄せる手間もない。近くの肉屋に行けばいつでも手に入る。<br />
　この豚肉を薄切りにして常夜鍋にすると、もう、これはたまりません。シドニーは生シイタケに限らず生のキノコ類が一年中手に入るので、鍋にはそのキノコ類を入れる。豆腐も入れる。<br />
　さらに、コス・レタスと言って葉の形が長くて歯触りも味わいもレタスそっくりの野菜（この、コス・レタスという名前は娘に聞いたもので正確かどうかは分からない。不正確でも構わないんだ。美味しいんだからね。日本のレタスより、もっとしゃくしゃくして鍋料理には持って来いだ）を入れる。これがまた、豚肉と妙に合うんだ。豚肉を食べてちょっと飽きたかなと言う時にこのコス・レタスを食べると、また豚肉に手が出る。切りがないね。<br />
　家族全員で鍋を囲んでふはふは言って食べちゃ、「ああ、又肥っちゃう。こんなに美味しくちゃ困るじゃないの」なんて罰当たりな事を言う。豚ちゃん有り難うっ！<br />
　勿論、トンカツも最高の物が食べられるようになった。私はカツ丼なるものが大好きだが、これは、揚げたてのトンカツで作るべきですね。私の家では、わざと沢山トンカツを作って翌日カツ丼にしたりカツ・サンドイッチにしていたが、やはり、カツ丼は揚げたてのトンカツで作らなければ駄目だ。スィート・ポークで作った揚げたてのカツ丼の素晴らしい事。<br />
　誰が考え出したか知らないが、カツ丼と言うのは本当に美味しいねえ。ああ言う物を考え出した人間にこそ、文化勲章や、国民栄誉賞などを差し上げるべきじゃないのか。<br />
　で、ふと考えたんだが、あちこちに牛丼屋はあるのに、どうしてカツ丼屋が無いのだろう。カツ丼は日本人以外にも好まれるし、だれか、カツ丼屋チェーンを展開しないかねえ。<br />
　さて、そのスィート・ポークの次に、シドニーに現れたのが、有機飼育の牛肉だ（こちらでは、オーガニック・ビーフと言う）。私は日本にいる時は頻繁にステーキを自分の家で焼いていた。ところが、シドニーに来てどうしてもこちらの牛肉が私の舌に合わない事が判明した。仕方がないので牛肉は野菜と炒めたり、味噌に漬けたりして食べるようになり、肉の味その物を味わうステーキは避けるようになった。</p>
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		<title>牛肉の旨さ　その１</title>
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		<pubDate>Sun, 27 Apr 2008 03:36:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>雁屋 哲</dc:creator>
				<category><![CDATA[未刊行　美味しんぼ塾]]></category>

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		<description><![CDATA[　私はシドニーに越して来て二十年になるが、この七、八年シドニーの食肉事情が劇的に良くなった。
　と言うと、読者諸姉諸兄におかれては「オーストラリアは畜産業が盛んな国だから、肉は美味しいはずじゃないの」と思われるだろうが、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　私はシドニーに越して来て二十年になるが、この七、八年シドニーの食肉事情が劇的に良くなった。<br />
　と言うと、読者諸姉諸兄におかれては「オーストラリアは畜産業が盛んな国だから、肉は美味しいはずじゃないの」と思われるだろうが、仲々そうではない。生産量と味の間に相関関係はないのである。鶏肉は何処へ行ってもブロイラーだ。ブロイラーの不味さについてはさんざん書いて来たので改めてここには書かない。<br />
　しかし、ふと考えたのだが、あのブロイラーも、あのような工場生産みたいな飼育ではなく、ちゃんとした餌を与え広々とした土の上で良い環境で飼育したら美味しいのではないだろうか。ブロイラーが不味いのは飼育方法が悪いのであってブロイラー自身の責任ではないのかも知れない。もし、そうだったら、さんざん悪口を言ってブロイラー君には失礼な事をしてきた。勘弁してくれ（と謝ったところで、結局食べてしまうんだから、酷いもんだよな）。<br />
　ところが、数年前から、有機飼育の鶏が手に入るようになった。（こちらでは、オーガニック・チキンと言う）この、オーガニック・チキンについては既に書いたと思うので飛ばす。（あれ、本当に書いたかな。忘れてしまった。何しろ私は生まれつき極端に物憶えが悪い。昨日の事もろくに憶えていない。『美味しんぼ』でも、何を書いたのか良く憶えていないので、娘や息子たちにしょっちゅう『おい、この話は書いたっけ』などと尋ねる。<br />
　ここだけでこっそり白状するが、一度なんか『美味しんぼ』の重要な登場人物である京極さんの娘たちを最初に登場した時には既婚としておきながら、何回目かには、これから結婚するものとして話を書いてしまった。《あれ？逆だったかな。それすら既に忘れてしまっているのだからひどいなあ》これが、雑誌に載ってから分かったというお粗末さ。仕方がないので、その回は単行本に収録しない事にした。花咲さんも苦労して描いてくれたのに、そのまま、幻の一話として消えてしまった。《この話は秘密なので、誰にも言わないで下さいよ》<br />
　でも、私達が大学生の頃、同級生に記憶力の良い者がいると「どうも、あいつは妙に記憶力がいいなあ。理解力の不足を記憶力で補っているんじゃないか」などと返って馬鹿にしたものである。理解力の良さはともかく、記憶力の悪さにかけては私は絶対の自信がある。記憶力が悪いのも悪い事ばかりじゃないですよ。嫌な事はすぐ忘れるし、過去の事は殆ど記憶にないから毎日が新しい日と言う事になり、毎日毎日が新鮮だ。なまじ記憶力が良いと、過去が重たくありゃしませんか。<br />
　ま、もし、オーガニック・チキンのことを書いていなかったら、又別の機会にお話しします）今度は二年ほど前から、スィート・ポークという豚肉が登場した。これは、完全有機ではないが（オーストラリアの有機生産物の基準は非常に厳しく、オーガニックと名乗るは大変に難しい）限りなく有機飼育に近い豚で、これが旨い。長い間オーストラリアの豚肉は不味くて仕方がなかった。<br />
　どう言う訳か、肉屋の豚肉を入れたバットの底に水分がたまっている。一旦冷凍した肉を解凍するとこう言う事になる。水は凍ると体積が増える。氷山が海の上に浮かんでいるのも、水が凍る事で体積が増え比重が下がるからだ。豚肉の細胞の中の水分も凍ると膨張して細胞膜を破る。その肉を解凍すると、細胞膜を破って外に飛び出していた水分が溶けて水になって流れ出す。この水分の事を業界ではドリップと言うが、ドリップの出ている肉はろくなもんじゃない。そこで、ある時、肉屋に冷凍ではない豚肉を寄越せと言ったら、怪訝な表情で全部冷凍ではない、新鮮な肉だという。見ていると確かにトラックで新鮮な豚肉を運び込んでいる。<br />
　となると、バットの底にたまった水分は何か、と言う事になる。考えてみて、ある理由に突き当たってぞっとしたが、間違っていたらまずいので敢えてここでは言わない。とにかく、そんな肉は、ばさばさしてうま味が無く、食べる気が起こらない。日本では黒豚を取り寄せて食べていたので、オーストラリアの豚肉には心底がっかりした。そうこうする内に、美味しい豚肉にあまりに飢えてしまって、日本に帰った際にわざわざ京都まで行きながら、懐石料理ではなくトンカツを食べた事もあったくらいだ。</p>
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		<title>ワイン　その３</title>
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		<pubDate>Sat, 19 Apr 2008 06:16:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>雁屋 哲</dc:creator>
				<category><![CDATA[未刊行　美味しんぼ塾]]></category>

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		<description><![CDATA[　ところが、山梨で、甲州種のブドウで作ったワインに出会って驚いた。
　この、甲州種のブドウは、奈良の東大寺を建てた行基が山梨にもたらしたと言われているブドウの子孫だが、その甲州種のブドウで作ったワインは、私が合わないと決 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ところが、山梨で、甲州種のブドウで作ったワインに出会って驚いた。<br />
　この、甲州種のブドウは、奈良の東大寺を建てた行基が山梨にもたらしたと言われているブドウの子孫だが、その甲州種のブドウで作ったワインは、私が合わないと決め込んだ全ての物と合うのだ。<br />
　で、前述の鮨屋にそのワインを持込んで鮨と合わせてみた。鮨屋の店長は、以前にあんなことを言いながら自分でワインを持込むなんて、と少なからず呆れていたが、厚顔無恥な私は、そんなことではひるまず、試してみた。<br />
　驚くべき事に、甲州種のブドウで作ったワインは鮨にも合うのだ。甲州種ブドウのワインは、細身で、あっさりしている。フランスのシャルドネなどのブドウで作った味の濃いワインを、あちこち出っ張ったり引っ込んだりした肉体を誇る出っ尻の西洋美人とするなら、甲州種のワインはすんなり柳腰の日本美人だ。何が何でも日本料理と一緒にワインを飲みたいという人にはお薦めしたい。（どっしりとした造りで、濃厚な味のワインでないと厭だと言う人には薦めない）<br />
　私は、大学で物理を学んで、科学的な思考態度を植え付けられた。どんな事柄でも、第三者が同じ方法で行って見ても同じ結果が得られる事柄しか事実とは認めず、その様な客観的事実の上に論理を組立てて行くのでないと気が済まない。従って心霊現象とか、霊魂だとか、超心理学、とか言う事柄については、そんな話を持ち出されただけで相手の人格を疑ってしまう。そんな私だが、自分自身ではどうしても合理的な説明の出来ない事柄を、人の数倍は経験している。<br />
　大学入試の合格発表の前夜おかしな夢を見た。身体の前に大きな太鼓をぶら下げた男が、太鼓をドンガラドンガラ叩いて騒ぎ回るのである。なんと言うおかしな夢だろうと、目が覚めてから自分で面白がっていたが、合格発表を見に行って私は震え上がった。合格発表を見に集まっている受験生たちの周りで、昨夜の夢に出て来た男が、夢の中と同様、身体の前にぶら下げた太鼓を叩きながら騒いでいるではないか。夢の中では、その男が騒いでいる理由が分からなかったが、合格発表を見に行ってその理由が分かった。その男は、大学の弓道部の部員で、合格発表の場で新入生の入部勧誘をしていたのだ。<br />
　外で、旧知の人間と思いも寄らぬ状況で出会うことは、しょっちゅうである。この間NHKの番組に頼まれて出た時のことだが、著名なシェフの家を私が訪ねて、御馳走になると言う趣向で、私がそのシェフの家に入るところから撮影を始めることになった。で、門前でスタッフと打ち合わせをしていると、道を隔てたお向かいの家の庭で洗濯物を干していた中年の婦人が私を見て、庭から道に飛び出し、外から丁度戻って来たご主人と思われる男性に「雁屋哲さんよ」という。その男性は私を見て驚き、夫妻で並んで道を隔てて私に向かって立った。<br />
　私は、有り難いことにあちこちに「美味しんぼ」の愛読者がいてくださるのでその様なことは良くあるから、「有り難い、ここにも愛読者がいてくださった」と思って、一礼した。すると、そのご主人の方は、自分の胸を指して大声で、「◎◎◎◎です」と仰言る。私は仰天した。私が量子力学を学んだ大学の恩師ではないか。私は、駆け寄って「わあー、先生！」と飛びついてしまった。「先生、どうしてこんなとこにおられるんですか」と私が言うと、恩師は「何を言ってるんだ。君たちが学生の頃からずっとここに住んでいるんだ。君の同級生の何人かはこの近くの自動車学校に通って免許を取ったんだぞ」と仰言る。<br />
　私は、自分の醜悪な間抜け面を人様にさらすのは公害だと思っているので、テレビには出ないようにしている。その時も、直前まで断ろうかと思っていたのだが、私の姉が担当のプロデューサーと仲良くなってしまい、姉命令で出ろと言うので、諦めて出ることにしたのだが、そのシェフの家のお向かいに恩師が住んでおられるとは思いもしなかった。第一、私がスタッフと打ち合わせをしている時に先生の奥さまが庭に出て来られなかったら、そのまま、お互いに知らずにすれ違っていただろう。おかげで、その後、大学の同級生たちを誘って、先生と食事をして、楽しい時間を過ごすことが出来た。<br />
　こんな事は限りなくある。私の両親とギリシャのレストランで食事をしていたら、当時一緒に仕事をしていた漫画家が突然入って来る。銀座で自動車を運転していて、うっかり道を間違えて、路地に入り込み、大通りに出ようとしたところに、大学を出てから勤めた会社の同期の仲間で、沖縄に住んでいるはずの親友が目の前に飛び出して来る。余りそんなことが重なるので、私の連れ合いは、私がたまに秋谷から東京に出かけて帰ってくると、「今日はどんな人と会った？」と聞くようになった。<br />
　ワインがらみでも不思議なことがあった。大学を出たばかりの頃のある夜、素晴らしく美味しいワインを飲む夢を見た。甘口だがその甘さが典雅きわまりなく、その上清純な野の花を千も二千も集めたような香りが鼻を抜けて体中を包み込む。私は目が覚めてからも、その味と香りが忘れられず、一体こんなワインが本当に存在するのだろうか、と悩ましい思いをした。<br />
　ところがその夜、一本のワインを父が買ってきて飲ませてくれたのだが、一口飲んで私は飛び上がりそうになった。なんと言うこと、昨夜の夢の中で飲んだワインその物ではないか。<br />
　ワインはフランスのボルドーのいわゆる貴腐ワインだった。貴腐ワインとは、貴腐ブドウと言って、ある種のカビが表皮に繁殖して表皮のろう質の部分を解かしてしまった結果中身の水分が抜け出して、腐って乾いたような姿になったブドウから作るワインの事だ。貴腐ブドウは、水分が抜けた結果糖度が極めて高くなり、素晴らしい甘口のワインを作ることが出来る。で、腐ったように見えて、素晴らしいワインが出来ることから、「高貴なる腐敗」、すなわち、貴腐ブドウというのである。<br />
　私は貴腐ワインを飲む前の夜に、夢の中で前もってその味を味わったことになる。（この話は「美味しんぼ」の中で、山岡の体験として書いた）<br />
　こう言うことは、科学的にどう説明が付くのか分からない。ただ、どうしても単なる偶然とは私には思えないのだ。<br />
　ワインでは辛い思いをしたこともある。シドニーでロシア料理のレストランに行った時のことだが、料理は死ぬほどまずい上に、ワインが凄かった。ラベルに、「Russian Red Wine」と書いてあるだけの赤ワインである。こんなでたらめな表示のワインが有っていいのかと笑いながら一口飲んで、これは飲めた代物ではないと判断し、飲むのをやめ、余りに滑稽なラベルなので、瓶だけ貰って帰ってきた。ところが、ああ、なんと言うこと、グラスに一杯分すら飲まなかったと言うのに、翌日、すさまじい二日酔で七転八倒した。ロシアの祟りは恐ろしい。これでは、ソ連が崩壊するのも無理はないと身を以て味わった。<br />
　ああ、ワインの話なら限りなくある。しかし、紙数が尽きた。次には読むだけで二日酔になるほど、ワインについてたっぷり書きたいものだ。</p>
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		<title>ワイン　その２</title>
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		<pubDate>Wed, 09 Apr 2008 02:59:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>雁屋 哲</dc:creator>
				<category><![CDATA[未刊行　美味しんぼ塾]]></category>

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		<description><![CDATA[　それにしても、この二十年ほどの間に日本人の間にワインが浸透したその速さはすさまじい。「赤あまポートワイン」を有り難がってすすっていた日本人が今や世界中からワインを輸入して飲むようになった。国内でも、真面目にワインの醸造 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　それにしても、この二十年ほどの間に日本人の間にワインが浸透したその速さはすさまじい。「赤あまポートワイン」を有り難がってすすっていた日本人が今や世界中からワインを輸入して飲むようになった。国内でも、真面目にワインの醸造に取り組んでいる人達が大勢いる。<br />
　ただ、日本人は熱心になると度を超えて熱心になるところがある。ある時私が良く行く鮨屋でブルゴーニュの赤ワインを飲みながら鮨を食べている客を見て、私は、胸が悪くなった。私とワインのつきあいは、中学生の時に友人の父親に飲ませて貰ったのが始まりだが（中学二年の正月に、その友人の父親は私達に一升びんに入った本物のぶどう酒をくれたのである。私と友人とでぺろりと平らげた。いいお父さんだったな）、それ以来、長い間苦しんでいたことがあった。それは、日本料理と合うワインはないものか、と言うことである。<br />
　自分で金を稼げるようになってから、様々な国や地域の、白、赤それぞれをしこしこと飲み続け、ついに二十数年前に「生魚、煮魚、生牡蠣、イクラ、味噌・醤油で味を付けたもの、米酢を使ったもの、海藻類などは、赤白、どのワインとも絶対に合わない。これらのものを食べた後にワインを飲むと、口中に生臭い匂いが広がり、舌の上に厭な後味が残り、食べた物、ワイン、その両方の価値を台無しにする」と言う結論に到達し、ワインと日本料理を合わせるのを諦めた。<br />
　それ以前に、パリで、フランス人が好む生牡蠣とシャブリ（ブルゴーニュの白ワイン）の組み合わせを試してみて、私は吐き気がするほど気持ちが悪くなった。あんな組み合わせを好むとは、フランス人の多くは、鼻が悪く、味覚に欠陥があると言わざるを得ない。<br />
　で、鮨と赤ワインだが、鮨は、生魚が上に乗っている。飯には米酢が入っている。すしダネの上には煮きり醤油が刷毛ではいてある。さらに、ワインにとっては核爆弾以上の天敵であるワサビが隠れている。そのどれ一つを取ってもワインと喧嘩をして、ワインをずたぼろにしてしまうと言うのに、その全てが一つの鮨に凝縮しているのである。赤ワインにとっては、絶望的な状況だ。私が当の赤ワインだったら、首を吊っているだろう。<br />
　だから、寿司屋で、ブルゴーニュの赤ワインを飲みながら鮨を食べている人を見て、胸が悪くなったのだが、それはその人の勝手で、私がとやかく言うべき物ではない。その人は、ワインに対して典型的な日本人的熱心さを発揮して、食べ物が何であろうと絶対にワインを飲もうと決心したワイン決死隊の隊長みたいな人に違いない。私は、そちらの方を見ないようにして（見ると気持ちが悪くなるから）自分の鮨を食べるのに専念した。其の場はそれで良かったのだが、それからしばらくして、またその鮨屋に入って席に着きながら私は店長に「この間は、鮨を食べながら赤ワインを飲んでいるおかしな人がいたねえ」と言った。すると店長は慌てて目顔で私から数人離れた席の客を示した。店長の視線の先を見て私は驚いた。何と、矢張り赤ワインを飲みながら鮨を食べている人がいるではないか。ああ、大失敗。その人は何も言わなかったが、内心ひどく不愉快に思っただろう。私はその人を傷つけてしまったに違いない。この年になってどうしてこんなに思慮が浅いのか、自分でも厭になるが、馬鹿は死ななきゃ直らない。私が思慮深くなる望みはない。だから、頼むから、鮨屋で赤ワインを飲むのはやめてくれ。（って、これはひどい居直りだね）</p>
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		<title>ワイン　その１</title>
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		<pubDate>Wed, 02 Apr 2008 18:27:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>雁屋 哲</dc:creator>
				<category><![CDATA[未刊行　美味しんぼ塾]]></category>

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		<description><![CDATA[　さて、ワインの話でもしてみようか。私も、この年になるまで、ワインがらみで様々な経験をしてきた。今回は、その私の、極私的ワイン史をとりとめなく話してみよう。
　私が子供の頃、ワインと言えば、赤くて甘いアルコール飲料とされ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　さて、ワインの話でもしてみようか。私も、この年になるまで、ワインがらみで様々な経験をしてきた。今回は、その私の、極私的ワイン史をとりとめなく話してみよう。<br />
　私が子供の頃、ワインと言えば、赤くて甘いアルコール飲料とされていた。「赤あまポートワイン」とか「ちっくんぶどう酒」などが有名だったが、その実態は、アルコールに甘味料を入れ、赤く色を付け、それらしい香りを付けた人工アルコール飲料であって、本物のワインとは無縁の物だった。<br />
　中でも「ポートワイン」と名乗った物は、ポートワインの本場ポルトガルから、文句をつけられ、今では名前を変えたらしい。そもそも、ポートワインとは、ポルトガルの特産品で、ブドウを完熟させるまで木に置いたままにして、糖度を高くする。それを、発酵させて糖度が半分ほどに減ったところに、ブランデーを加えて発酵を止める。この、ブランデーを加えて発酵を止めるところが味噌で（このように、ブランデーなどのリキュールを加えたワインのことを fortified wine と言う。Fortify とは、もともと強くすると言う意味だ。ブランデーなどで強くしたからそう呼ぶのだ）、おかげでもともと完熟して糖度の高いブドウの糖分が発酵せずに残るから、甘く仕上がる。この甘さはブドウの自然の甘さで、ちょっと干しぶどうの味に似た所がある。<br />
　長年熟成させたポートワインの色は濃い琥珀色で、深い甘さを持っていて、しかも香りは芳醇。デザートワインとして持って来いで、旨い料理の後に年代物のポートを飲むと「ああ、しゃーわせ」と思わず声が出てしまう。オーストラリアでも、見事なポートワインが作られていて、南オーストラリア州にある有名なワイナリーの貯蔵庫には百年以上前からの、ポートワインの樽がその年ごとに並んでいる。勿論、全部中身が入っている。<br />
　ポートワインはかくの如く格調高い酒なのに、砂糖、香料、色素、アルコールを混ぜ合わせたまがい物を「ポートワイン」と名乗るとは実に大胆不敵、ポルトガル人が怒るのは当たり前である。おまけに、ポートワインとは似ても似つかぬ、おかしな赤い色に染めてある。<br />
　おかげで、今でも多くの日本人はポートワインというと、赤くて、甘い、安っぽい飲み物と思いこんでいて、私がデザートワインにポートワインをすすめると、「あんなものを」といぶかりためらう人が少なくない。<br />
　ところが、三十年物、四十年物のポートワインを一口飲ませると「これが、本物のポートワインだったのか」と愕然となり、まがい物のせいで今まで本物のポートワインを敬遠してきた不幸を嘆き、怒るのである。<br />
「赤あまポートワイン」や「ちっくんぶどう酒」は非常に長い間日本の社会に存在していたために、多くの日本人はワインという物は、赤い、甘い、アルコール飲料と思いこんでしまった。わずか二十年ほど前でも（「美味しんぼ」を書き始めた頃ですよ）私が自慢のボルドーの銘酒を出したら、「このワインは変だ。甘くない。苦い」と言った人がいた。その人は、ワインとは「赤あまポートワイン」みたいなものと信じ込んでいたので、本物のワインを返っておかしな物と思ってしまったのだ。<br />
　だが、それも過去の話だ。日本人もワインについては大分勉強したからこれからは、そんなけったいな間違いはしないだろう。むしろ若い人は、「へえ、そんなことがあったのか」と驚くだけのことに違いない。</p>
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