雁屋哲の今日もまた

2008-06-22

イスラエルで その3

 私は長い間、ユダヤ人を素晴らしい民族だと考えてきた。
 アジアの歴史には余り縁がなかったが、中東からヨーロッパの、歴史的転回点に関わってきたユダヤ人は多い。
 欧米の文化は、そのままキリスト教の文化と言えるほど、キリスト教がなかったら欧米の文化は骨なしになってしまう。
 そのキリスト教の大本を作ったイエス・キリストはユダヤ人である。
 欧米文化は、事の始まりから、ユダヤ人に依っているのだ。
 初めて金融の国際化に手をつけ、現在の国際金融システムの基本を作り上げたのはロスチャイルドである。
 その後、近代以降だけでも、共産主義を理論づけたカール・マルクス。
 精神分析学を始めたフロイド。
 相対性理論を確立したアインシュタイン。
 新しい文学の境地を開いた、カフカ、プルースト。
 原爆を開発したオッペンハイマー
 など、欧米のみならず、世界的に大きな影響を与えた人物を輩出している。
 その他、思想家、芸術家、など取り上げ始めるときりがない。

 一つの民族でここまで世界中に影響を与えた民族はない。
 2004年現在、全世界人口約60億人の内、ユダヤ人は約1500万人ほどで、 全人口に占める割合は0.25%。しかない。
 ホロコーストで600万人のユダヤ人が殺されたと言うが、その人たちが生きていたとしても、ユダヤ人の全世界あたりの人口比は、0.5パーセントにも行かない。
 生物学的に、人種間の優劣はないとされている。
 しかし、この人口比と、ユダヤ人の成し遂げた様々な業績を考えると、ユダヤ人にはやはり何かがあると私には思える。
 公式には、ユダヤ人が家庭で学習を大事にするからだと言う。
 常に何事かを学び真理を追究する精神的な傾向を強く植え付けられることが、ユダヤ人が成功する理由だというのである。
 いずれにせよ、歴史の中でこれだけの業績を上げてきたユダヤ人は優秀だと思わざるを得ない。

 紀元後135年にローマ帝国によってイスラエルの地から追放されたユダヤ人たちは世界各地に離散していった。
 その離散した各地でユダヤ人たちは逞しく生きたが、同時に激しい迫害を受けた。
 ユダヤ人が受けてきた迫害の歴史はそれだけで、数冊の本になるくらいである。
 だが、一番大きかったのはナチス、ヒットラーによるホロコーストだろう。
 定説では前述のようにホロコーストで600万人のユダヤ人が殺されたとされている。

 私は、2006年のサッカー・ワールドカップ・ドイツ大会の日本対クロアチア戦を見るためにニュルンベルグまで行ったが、ついでにポーランドまで脚を延ばし、アウシュビッツのナチスによるユダヤ人の強制収容所跡を見学してきた。
 それまで、さんざん本で読んだり、記録映画を見たりして、アウシュビッツで何が行われたか十分に承知していたが、その現場を実際に見ると、本や写真や記録映画からでは得られなかった凄まじい現実感を味わった。
 これほどの冷酷にして暴虐な所業をしてのけたナチスの非人間性に凍るような恐怖を覚えると同時に、その様な苦難を乗り越えてなお世界中で活躍しているユダヤ人に深い畏敬の念を抱いた。

 ポーランドのワルシャワには有名なユダヤ人のゲットーがあった。
 ユダヤ人たちは高い塀に囲まれたゲットーに押し込められて暮らさなければならなかった。塀の外に自由に出ることは許されず、食べ物なども自由に持込むことは出来なかった。
 ゲットーの中で、貧窮の末に飢えて死ぬユダヤ人は大勢いたのである。
 ナチスがポーランドを支配すると、そのゲットーのユダヤ人たちは強制収容所に送られて殺された。
 正に生き地獄だった。その様なゲットーに押し込むことは、人間が人間に対して行うことが許されることではない。

 読者諸姉諸兄も見たことがあると思うが、有名な写真がある。
 鳥打ち帽をかぶり、胸にユダヤ人である証拠のダビデの星の印を付けさせられた十歳くらいの可愛らしい少年が、ナチスに連行される所の写真である。
 少年は怯えた表情で、両手を挙げている。
 その無惨な写真を見る度に私は、胸の奥深くまで刺されるような痛みを感じる。
 こんな可愛らしい少年を連行して殺すとは何と無惨なことをナチスはしたのか。
 また、この少年はユダヤ人であるという理由だけで、どうしてこんな悲惨な目に遭わなければならなかったのか。
 その少年の姿は私にとってユダヤ人を象徴する物だった。

 さて、話を昨日の塀に戻す。
 私が激高したのは、ワルシャワゲットーを体験したユダヤ人が、同じことをパレスティナ人に対して行っているのをこの眼で見たからである。
 私は、ホロコーストを体験したユダヤ人は、ナチスのような他民族に対する残虐行為はしないだろうと期待していた。
 あの聡明なユダヤ人は、自分たちの味わったワルシャワゲットーの苦しさを他民族に味わわせることは無いはずだと思っていた。
 それが、物の見事に裏切られたのだ。

 それまで、エドワード・サイードの著作を何冊か読んで、パレスティナ問題を真剣に考えてきたが、サイード自身パレスティナ出身だから、その言うところもかなり偏りがあるだろうと考えていた。
 今の私は、サイードのイスラエル批判をその通りに受取らざるを得ない。

 下の写真を見て頂きたい。

パレスティナの子供たち1 パレスティナの子供たち2

 私が塀の写真を撮影していたら、近くで遊んでいた子供たちが興味を示して近づいてきた。
 可愛いので、記念のために写真を撮った。
 後で見直して愕然とした。
 なんと言う残酷な写真を撮ってしまったことか。
 非人道的な塀の前に立っている無心な表情の子供たち。
 この子供たちに、私は、ナチスに連行されて行くユダヤ人の少年の姿を思い浮かべずにはいられなかった。

 私はユダヤ人に裏切られたと切実に感じた。
 そして、憤怒が、私の体中を満たした。
 手を振ると、指の先から怒りが火の粉となって飛び散る、そんな感じになった。

 私は憤怒の塊となって日本へ帰り、そのまま、昨日言ったような感情的な文章を「美味しんぼ塾」に書いてしまったのである。

 それから今まで私は旧約聖書を読み返し、ユダヤ人の歴史を読み直して来た。
 そして、パレスティナ問題の根源は、旧約聖書にあると確信した。

 私のパレスティナ問題についての考えは、また日を改めて述べることにする。

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雁屋 哲

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