雁屋哲の今日もまた

2020-01-26

ラグビー

旧聞に属するが、ここ数年、不愉快なことばかりつづいていて腐っていたのが、久しぶりに胸の空くような思いをしたので、そのことを書きたい。

去年10月のラグビーワールドカップ日本大会ですよ。

予選リーグ4連勝、しかも、アイルランド、スコットランドという世界のトップの強豪国を倒したのだから、凄かった。

あれから、3ヶ月近くたつのに、まだ私はあの4試合のことを思い出すたびに、胸の奥が熱くなる。

 

私の父は大変に仕事が忙しかったけれど、日曜日など、野球、映画、美術館などに私達子供を連れて行ってくれた。神宮外苑の秩父宮ラグビー場にも何度も行った。

私の父は法政大学卒業であって、法政大学に強い愛校心を抱いていたから、六大学野球も、大学対抗ラグビー試合も、法政大学のチームが出場する試合に私達を連れていった。

1950年代から60年代には娯楽というものが、今のように様々な物があると言うことはなく、大学対抗の野球やラグビーが今とは比較にならないほどの人気を集めていた。

東京では、東京六大学の野球、ラクビーが人気があって、私は父に連れられて六大学野球、大学対抗ラグビーの試合を見に行ったのだ。

私は秩父宮ラグビー場には何度か行って、親しみを感じていた。

今、考えてみると、1950年代から80年代までは、サッカーよりもラクビーのほうか人気があったように思う。

Jリーグが発足したときに、私は、いつから日本ではこんなにサッカーが人気になったんだ、と不思議に思った物だ。

だから、私は、サッカーよりラグビーに親しみを抱いていたのだが、Jリーグが発足して以来の日本のサッカー熱はすさまじく、またそれに上手く対応して優秀な選手が現れたので、私もすっかりサッカーの方に鞍替えしてしまっていた。

私は、1998年に日本が初めてワールドカップに出場して以来、サッカーのワールドカップは必ず見に行っている。(もっとも、南アフリカ大会とロシア大会は、行かなかった。それには理由があるのだが、話すと長くなるからここではやめることにする)

こんなにサッカーに入れ込んできた私だが、最近日本のサッカーがあまりに弱すぎるので、気が滅入っている。日本が負けるたびにひどく落ち込む私を見るに見かねて、長男が「もう日本を応援するのはやめようよ」と言い出した。

「そうは行かないよ」と答えたものの、今の日本のサッカーは建て直そうとしても簡単なことではない。負けるたびにこんな辛い思いをするのはたまらない。

2020年1月12日のAFC選手権第2戦で、日本のU23代表は、シリアに1対2で敗れた。これで、予選グループで2連敗して、予選敗退となった。AFC選手権史上初めて日本は決勝トーナメントに進めなかったことになる。

U23といえば、次のワールドカップの主力になる年齢層である。

それがこれでは、次のワールドカップ、次の次のワールドカップは望み薄だ。

そのようなときに、ラグビーのワールドカップが日本で開かれた。

私は日本でラグビーは今のところ人気がないから盛上らないだろうと思ったら、とんでもない。

日本が初戦のロシア戦に勝ってからと言うもの、4連勝した。

日本中が熱狂した。

「にわかフアン」などという言葉も盛んに使われるようになった。

私も興奮して見た。

あれから3ヶ月は経とうというのに、私の心の中にはあの時の興奮が残っている。

妻と話すのに、ついラグビーの話になってしまって、妻に「またラグビーなの」と笑われている。

妻は笑いこそするけれど、本人もやはりラグビーで一緒に興奮したので、私が繰り返しラグビーの話をしても、嫌がらずに一緒に乗ってくれる。

まあ、70歳を過ぎた老夫婦が、ラグビーの話をして興奮しているなんて、おかしいと言えばおかしいけれど、興奮している私達は大変に幸せだ。

私は年の60パーセントはオーストラリアのシドニーで暮らしている。

オーストラリアではラグビーが大変な人気で、新聞のスポーツ面は毎日ラグビーの記事で埋まる。

オーストラリア・ラグビー・リーグの所属チーム数は16、日本のJ1のチーム数は18。

日本の人口は1億2700万、オーストラリアの人口は2460万。人口当たりで考えると、オーストラリアのラグビーリーグのチーム数は非常に多い。

しかも、ラグビーの会場はいつも満員だ。観客が3万4万と入る。

一方サッカーはといえば、オーストラリアAリーグのチーム数は11。

よほどのことがない限り、観客は4千人か五千人だ。空席が目立つスタジアムでサッカーを見ると、実に盛上らない。

ラグビーは体で当たる。格闘技みたいなところがある。一方サッカーは、足で蹴るだけである。

で、オーストラリアでは、サッカーは「チキンのスポーツ」としてラグビーより一段下に見られている。「チキン」とは弱虫という意味だ。

ラグビーには大きく二通りある。

ラグビー・ユニオンのラグビーとラグビー・リーグのラグビーの二つだ。

私はラグビー・リーグはオーストラリアだけの物かと思っていたら、他の国でもラグビー・リーグでラグビーをしている国がある。

私が子供の頃秩父宮ラグビー場で見たのは、ラグビー・ユニオンのラグビーだ。

今回、日本の開かれたワールドカップのラグビーも、ラグビー・ユニオンのラグビーだ。

歴史的にはユニオンの方が古く、リーグはユニオンのルールを変更する形で、ユニオンから分かれた物だ。

一番の違いは、

1)ユニオンは1チーム15人。リーグは13人。

2)リーグではラックがない。

攻撃側がボールを持って敵陣に突っ込むのを守備側はタックルで止める。

◎ユニオンでは、タックルを受けた後、攻撃側と守備側は激しくもみ合う。

これをラックと言うが、その間に攻撃側が足でボールを後ろに出すのを、スクラムハーフが取り出して、スタンド・オフにボールを回す。

そこで次の攻撃が始まる。

◎リーグでは、タックルで攻撃を止めたら、そこでゲームを止めて、ラックを作らずに、守備側も攻撃側も自分たちのポジションに戻る。

タックルを受けて止まった攻撃側の選手は、ボールを後ろに蹴る。それを、スタンド・オフが受取る。

そこで次の攻撃が始まる。

要するに、リーグではラックはない。

そして、このタックルは6回までで、攻撃側が6回タックルを受けた段階でそれまでにトライを奪えていなければ、攻撃権は相手に移る。

この辺りが、私には大変気が抜ける思いがする。

3)ラクビー・リーグでは基本的にスクラムは組まない。

リーグでスクラムをくむときがあるが、ユニオンのスクラムとは違って、殆ど形だけのスクラムで、地面に膝を着かず、ちょっと押し合うだけである。

4)ラインアウトはない。

 

私の見たところ、リーグは、ユニオンの簡略版のような気がする。

ラックがない、スクラムがない、ラインアウトがない。

要するに、両方の選手がもみ合う場面がリーグにはないのだ。

だから、ゲームは早く展開する。

ラック、スクラム、ラインアウトがないと、選手たちが実質動き回る時間はリーグの方が多いという。

ただ、私のようにユニオンからラグビーを見始めた人間にとって、リーグの試合は、大変に物足りない。

最初、リーグの試合を見た時に、「なんじゃい、これは、ふざけてるのか」と思ったものである。

オーストラリア人に、オーストラリアのラクビーはつまらない、と文句をつけたことが何度もある。

日本は今回のアイルランド戦と南アフリカ戦でスクラムで相手をつぶして、ペナルティーを得た。

アイルランド戦でスクラムで勝ったときに、具智元選手は雄叫びを上げた。見ていたこちらも、「よーし、やったあ」という気持になった。

リーグの試合では、このような興奮は得られない。

ラックにしたって、ユニオンの場合、ラックからボールを受取った選手が更に前線に突っ込むと、そこで新たなラックができる。そのラックから出たボールを前線に運んで突っ込んでまたそこでラックができる。

ラックを重ねて攻撃をする、このスリルはリーグの試合では見られない。

リーグの試合は薄味だ。スクラム、ラックで激しくもみ合った後にトライを決めたときの、カタルシスがない。

で、私は絶対的にユニオンの試合が好きなのだ。

 

ただ、ラグビーの試合を見ていて、余りの激しいぶつかり合いに、選手の体は大丈夫なのか、と不安になるのは私だけではあるまい。

芝生が生えているからと言っても、下は地面だ。その地面の上に、南アフリカ戦では稲垣が頭から下にたたきつけられた。

プロレスよりも凄いぶつかり合いだ。プロレスの場合、下はマットでしかも安全のためにスプリングが効いている。

抱えて叩きつけると、マットが揺れるのがよく分かる。それだけ、衝撃をマットが衝撃を吸収すると言うことだ。

地面はそうは行かない。衝撃を吸収してくれはしない。

しかも、タックルで倒れた上に更に他の選手たちが突っ込んでくる。

「うわあ、そんなことして、いいのかっ」と私は思わず叫ぶことが何度もあった。

先日、稲垣、堀江、福岡の3選手がスクラムについて語るテレビ番組を見た。

稲垣選手は、笑わない男、などと言われて、とっつきにくい感じがするが、その話し方は実に理路整然、よどみなく語ってくれるので大変に分かりやすい。

その3人がスクラムについて語ってくれたのだが、それを聞いて私は感心して、同時に圧倒された。

スクラムは、8人で組むのだが、一人一人の選手の足の位置を1センチの単位で決めていくという。

そしてあらかじめ、1人1人の選手が、自分はどうすれば良いかしっかり認識しているから、8人が一つの融合体となって動く。その結果、力のベクトルが一つにまとまって相手に当たるから、相手のスクラムを崩すことができる、というのだ。

スクラムは見ていると、力業としか思えないが、実際はそこまで細かく計算しているのだ。実に勉強になった。

ここまでできるためには、チームの結束が固い必要がある。

今回、特に強調されたのは、「One team」ということだった。

日本代表はワールドカップまでに、240日の合宿を重ねてきて、お互いに仲間を知り尽くし、しっかりとした協調関係を作り上げたという。

それでなければ、あんなスクラムは組めない。

そのチームワークの良さは、スコットランド戦で、ラファエレが前方に蹴り出したボールを福岡が追いついて摑んでそのままトライを決めた場面でもはっきり分かった。

ラファエレがボールを蹴り出した瞬間に福岡は走り出している。

あれが、0.5秒でも、遅れたら間に合わなかっただろう。すさまじい連携だった。

今回、日本代表の半数が外国出身、或いは外国籍であることが話題を呼んだ。

世の中には頭の中に脳みその代わりに何か変わった物を詰め込んでいる人がいて、そう言う人達は「外国人が日本代表とはおかしい」とか、「純粋の日本人でなければ」などと、腐敗臭フンプンのことを言う。

私はワールドカップで勝つと言う目的のために、あれだけの有能な選手たちが日本に結集したことを素晴らしいと思う。テレビで見たが、日本代表のトレーニングの激しさはただ事ではない。

稲垣選手は「本当にもれそうになった」と言っていた。

そこまでのトレーニングに耐えて、ワールドカップで勝ちたい、と言う強い目的のために日本に結集した選手たちだ。稲垣選手はまた、「自分は楽しむためにラグビーをしているつもりはない」といった。

すごい、気概だ。

日本に集って来た外国籍、外国出身の選手たちはそこまでの気概を持ってきたのだ。

そのような選手たちが今回日本にもたらしてくれた物は、実に尊い。

外国籍、外国出身の選手たちは「One team」という言葉の概念を、実際に体現して、嫌韓だ、嫌中だ、というヘイトスピーチ狂いの人間が穢した日本人の精神を、そしてこの日本の社会を、清めてくれた。

そう、私は思う。

ラグビー日本代表が与えてくれたこの気分の良さは、2011年のアジアカップで、日本がオーストラリアを破って優勝したとき以来に感じる物だ。

そういえば、今回フォワードで活躍した具智元選手は、現在は日本国籍になったが、ワールドカップのときには、韓国籍だった。

2011年のアジアカップ優勝ですさまじいボレーシュートを決めて日本を優勝に導いたのは、李忠成選手だった。李忠成選手は、在日韓国人だ。

左サイドをドリブルして走る長友が、センタリングしたら、ゴール真正面に李忠成が待っていて、長友のパスを直接ボレーで、ゴールに蹴り込んだ。あの長友からのパスを一旦胸に当てて足元に落としてシューしようとしたら、相手に守る隙を与えただろう。

あの李忠成のボレーシュートは、私は死ぬまで忘れない。

今回、スコットランド戦で、脇腹を痛めて退かなければならなくなったときのあの具智元選手の悔し涙に暮れる顔も忘れることはない。泣き顔を美しいなどと言ってはいけないのかも知れないが、実に美しい顔だった。私は深く心を打たれた。

具智元、リーチ・マイケル、中島イシレリ、ヴァル・アサエリ愛、レメキ・ロマノ・ラヴァ、ピーター・ラブスカフニ、トンプソン・ルーク、ジェームス・ムーア、ヴィンピー・ファンデルヴァルト、ヘリ・ウヴエ、ツイ・ヘンドリック、アマナキ・レレイ・マフィ、アタフタ・モエアキオラ、ウィリアム・トゥポー、ラファエレ・ティモシー、の各選手たちに、「One Team 」という素晴らしい言葉を具現化してくれたことに心からの感謝を捧げたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雁屋 哲

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