雁屋哲の今日もまた

2008-05-22

コシヒカリの疑惑

 5月16日の朝日新聞に、おかしな記事が載っていた。
「コシヒカリ『BL』で迷走」という題名で、米の新たな品種「コシヒカリBL」の問題について報告している。
 以下、その記事を引用しながら、話を進める。

 発端は、新潟県が「いもち病」に強い品種として十五年かけて開発した「コシヒカリBL」にある。
「コシヒカリBL」はコシヒカリと、いもち病に強い品種を何代か掛け合わせて、殆どがコシヒカリの性質であるが、いもち病に強い品種の性質をも受け継いでいる。
 問題は、「コシヒカリBL」はコシヒカリに他の品種を掛け合わせた物だから、種苗法では、従来のコシヒカリとは別の品種だが、JAS法ではコシヒカリとして通用することだ。
 新潟県では、農薬使用量を減らすことの出来る、環境に優しい米として05年から一斉導入した。
 ここで問題が起こった。
 現在、新潟産のコシヒカリとして売られているのは、従来のコシヒカリではなく「コシヒカリBL」である。
 それを、「BL」の表示を付けずに、従来のコシヒカリと同じ表示にしている。

 それが「情報隠し」ではないかという、批判が起こったのだ。
 消費者618人を対象にした調査では、首都圏で77パーセント、新潟県で62パーセントの人が、「BLの表示が必要」と答えた。
 一方、首都圏、関西圏、新潟県の流通業者に対して行った調査では、回答してきた23社中、約7割が「表示の必要はない」という反対の結果を出した。
 生産者、流通業者が「BL」の表示を嫌がる理由は、
 

     

  1. 「BL」と表示すると、遺伝子組み換え米か、ブレンド米かとの誤解を招く。
  2.  

  3. 新潟の生産者は必死にコシヒカリのブランドを育ててきた。名前が変われば消費者が離れ、今までの苦労が水の泡になる。
  4.  

  5. 環境に優しいという宣伝がどこまで消費者に届くか疑問だ。コシヒカリのファンが求めているのは、「食味」と高級米を食べている「充足感」。コシヒカリなら説明はいらないが、BLという名前が付けば、小売店への説明も必要になり、こちらとしても売りにくくなる。
  6.  

 という。
 現実に、3番目の意見に対応するように、新潟県の一人の主婦の次のような意見が記されている。
「東京の知人に良くコシヒカリを贈ってきた。知らない人が『BL』と言う文字を見たらびっくりすると思う。贈り物には従来のコシヒカリをあげたいから、きちんと表示して欲しい」

 この記事を読んでいて、非常にもどかしい思いをしたのは、では、「コシヒカリBL」の食味はどうなのかと言うことが、全く書かれていないことだ。
 食味という物は主観的な要素が多く、記者一人では決めがたいだろうが、米の味に詳しい評論家数人の反応を載せれば、「BL」米について私達読者として理解しやすかっただろうと思う。
 それがないので、肝心の食味についての判断がこの記事からはつけられないから、ひどくもどかしく感じる。
 最初に「おかしな記事」と書いた理由はここにある。

 そこで思い出したことがある。05年から一斉導入したと言うからには、去年07年に私が鎌倉で買って食べた魚沼産コシヒカリも「コシヒカリBL」だったわけだ。
 勿論、袋にはどこにも「BL」の表示はなかった。
 ここからは、私が体験した個人的な事実である。私個人の経験が統計的に現在の新潟県産コシヒカリ全てに当てはまるとは言えない。
 たった一つの個人的体験だから、そこの所を誤解しないでいただきたい。
 で、その私の体験であるが、一言で言えば「驚き、ガッカリした」に尽きる。
「魚沼産」とはっきり明記してあった。値段もいわゆる高級スーパーでも一番高い米だった。
 期待して炊いたのだが、家族一同、一口、口に入れて、顔を見合わせた。
「あれ、なに、このお米」
「魚沼産のコシヒカリの一番値段の高い物よ」
「おかしい、これは粘りもないし、ぴかぴか光っていないし、舌触りも滑らかじゃないし、歯ごたえも悪いし、味わいもないよ」
「本当に、これ、魚沼産のコシヒカリなの」
 そこで、私達は、米の袋をもう一度点検した。
 はっきりと「魚沼産コシヒカリ」と書かれている。なにやら、有り難そうなことも書いてあって、どこからどう見ても高級米である。
 私達は首を捻ったが、次から、この包装のコシヒカリは買わないようにしようときめた。それは、鎌倉の実家での話である。

 しかし、しかし、である。
 今年になって、日本からシドニーに来たお客に、何袋もの「新潟県産コシヒカリ」を運んで来て貰った。
 たしかに、オーストラリア産の米や、カリフォルニア産の米よりは美味しい。
 だが、どうも違う。
 以前に感動した、コシヒカリの味わいがない。
 コシヒカリの味はこんな物ではなかったはずだ。
 納得が行かない思いをずっと抱いていた。

 そこに、この記事である。
 私は、「もしや」と思った。
 この記事の記者が、「コシヒカリBL」の食味について一切言及しないのには意味があるのではないか。
 知らずに「コシヒカリBL」を従来のコシヒカリと思って食べていた私、しかも「魚沼産」というブランドに目がくらんでいた私。
 その私が、その記事を読んで「疑心暗鬼」の塊、と化した。
「『コシヒカリBL』はまずい米なんじゃないか。それを胡麻化すために『BL』の表示をしないんじゃないか」

 新潟県の農業関係者に言いたいが、「疑心暗鬼」の塊になった私を非難することは許さないぞ。
 ちゃんと、「BL」という表示をして、従来のコシヒカリとの味の比較を我々消費者にさせない諸君らが悪いのだよ。
 上記2)の生産者の言葉は、言っている人間が如何に不誠実であるかを示している。
「名前が変われば消費者が離れる」だって。
 何を言っているんだろう。変わったのは名前じゃないでしょう。米の種類その物でしょう。種苗法が言うように、「コシヒカリBL」は従来のコシヒカリとは別の種類の米だ。
 どうして、そんな基本的なことを理解せずに、被害者みたいな言い方をするんだろう。

 農薬の使用量が大幅に減るのはよいことだ。
 しかし、最近は、有機農法で従来のコシヒカリを栽培して、とても美味しい米を作っている人達が大勢いる。
 日本人一般が、コシヒカリを有り難がるのは、その食味が素晴らしいからだ。
 一体「コシヒカリBL」と従来のコシヒカリのコシヒカリに味の違いはあるのか。
 それを、我々消費者が判断できるように、「BL」の表示は付けるべきだ。

 新潟県の米生産者は、最近相次いで起こった「食品の不当表示問題」などを真剣に捉えていないのだろうか。
「コシヒカリBL」を従来のコシヒカリと思わせるように、「BL」の表示を敢えて付けないのは、これは不当表示だ。

 まず自分たちで確かめて見るが良い。
 本当に「コシヒカリBL」の食味は従来のコシヒカリと変わらないのか。
 変わらない、あるいは更に美味しいのなら、堂々と、「コシヒカリBL」と表示するべきだ。
 もし、「コシヒカリBL」の食味が従来のコシヒカリに劣ると認めざるを得ないのなら、絶対に「BL」の表示を付けなければ、従来のコシヒカリの好評を騙った詐欺になる。
 いずれにせよ、「BL」の表示は付けなければいけない。

 私は、最近の一連の食品の不当表示問題で、日本人の不誠実さ、不正直さを、これでもかと言うくらいに思い知らされて、「日本という国、日本人という人間はこんなに卑しかったのか」とひどく落ち込んでいる。
 そこに、この問題だ。
 いい加減にしてくれ。
 日本は「瑞穂の国」と言うくらい、米は日本人にとって特別に大事な物なのだ。
 日本人の食の基本だ。
 その米までも、いい加減な表示で胡麻化そうというのか。
 それだけは勘弁できない。

 米の生産者たちよ、今でも若者たちの米離れが問題になっているのを知らないわけではあるまい。
 そんなときに、こんな誤魔化しをしていると、本当に若者達は米を食べなくなるぞ。
 不当表示などの不正行為をしたばかりに、潰れた食品会社の例を知らないとでも言うのか。
 消費者を怒らせたらお終いだよ。
 こんな事を続けていたら、もう、だれも新潟の米なんか買わなくなるぞ。

 私も、「BL」表示がきちんとつくまで、新潟の米は買わない。
 絶対に買わない。
 新潟の米生産者よ、はっきりしてくれ。不正直は自殺行為だと認識しないと、お終いだ。
 とにかく、「コシヒカリBL」の食味が従来のコシヒカリを比べてどうなのか、われわれがはっきり判断できるように、正当な表示をして貰いたい。

雁屋 哲

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