雁屋哲の今日もまた

2012-02-06

デザイナー 渡辺力

渡辺力氏のデザイン

 

私は2007年6月にイスラエルに行くときに、成田空港で時計を買った。

その前日に、私は時計を失くしてしまっていたのだ。

私は、時計は5000円以内と決めているのだが、成田空港の時計売り場では、その予算ではろくな時計がなかった。

私は腕時計については値段の他に条件が二つある。

1)厚ぼったく大きくないこと。

2)文字盤が全部算用数字で書かれていること。

その条件を満たす、大変に気にいった時計があったが、値段が9500円で私の決めた値段の2倍する。

こう言う高い時計を買ってはいけない、と思ったが、他によい物がないし、飛行機の時間も迫っているので、買ってしまった。

買って使って見ると、大変に具合がよい。

なんと言っても、文字盤のデザインがすばらしい。

簡潔で、見やすくて、こう言うのが本当のデザインという物ではないかと思った。

ごてごて飾らず、簡潔だが、神経が隅々まで行き届いているので、いつも身につけていて気分がよい。

理由もなく時間を確かめるために文字盤に目を走らせてしまう。

 

しかし、その時計が、去年の秋辺りから調子が悪くなった。

突然止まってしまうのである。

最初に、福島県の取材の際にその故障が起きた。

電池がなくなったのかと思って、取材途中で時計屋さんにいって電池交換を頼んだら、電池は充分にあるという。

その代わり、機械全体が磁気を帯びている。その磁気のせいで時計が止まったのだという。

時計が磁気を帯びるとはどういうことか。私が、どこか磁気の強い場所に時計を置きっぱなしにしたのだろうか。

どうも、思い当たることがない。

しかし、その後時計は動き出したので、そのまま使うことにした。

 

ところが、六年二組と大阪旅行に行ったときに、また時計が止まってしまった。

旅行中に時計が止まると大変に困る。

鶴橋駅の周りで時計屋を探した。

仲々みつからない。

そのうちに、同級生の女性があちこち走り回って、あったわよ、と見つけて私を案内してくれた。

どうも、私は同級生達の女性達には、えらく手のかかる男で、いつも面倒を見てやらなければへまばかりすると言う困った存在なのである。時計屋1つ自分で見つけられないのだから情けない。

その店に入って、私も、同級生も唖然となった。

陳列してある時計が、高級時計ばかりなのである。

一番安い時計が40万円、

高い物になると、1000万円を超える。

途方もない高級時計店だったのである。

しかし、店にいた三人の中年の男性達はにこやかに私たちを迎えてくれた。

その笑顔を見ると、逃げ出す訳にも行かなくなって、仕方がないので、私の時計を差し出して、店の人間に行った。

「どうも、このような高級時計店に持って来るのは恥ずかしい9500円の時計なんですが、止まってしまったので、電池切れかとおもって」

店の人は、私の腕時計受取ると、笑顔でいった。

「おお、これは、◎◎さんのデザインの時計じゃありませんか」

私は、そのとき◎◎さんの名前も聞き取れなかったし、聞き取れてもそのデザイナーの名前は知らなかっただろう。

店の人は私が恐縮しているのを気にもせず、店の奥の作業場に持って行って時計を調べてくれる。

やがて持ってきて、福島の時計屋さんと同じことをいった。

「電池は充分にあるが、時計全体が磁気を帯びている。そのせいで止まってしまったんです」

私は、何度もお礼を言って冷や汗をかいてその高級時計店を出た。

そんな高級時計店なのに、9500円の私の時計を丁寧に扱ってくれて、料金も取らず、笑顔で送り出してくれた。

いい人達だったなあ。

 

旅行から帰ってきてから、秋葉原の電気屋に時計を買いに行った。

百も二百も並んでいるのに、仲々私の条件を見たすものがない。

1つあった。

薄めで、字が全部算用数字で、それも大きくて見やすい。

全体もすっきりして、単純明快でしかも神経が行き届いている。

ただ、値段が19500円だ。

前の時計より、1万円も高い。

5000円を予算にしていたのに、その四倍も高い。

迷ったが、その時計のデザインが気にいったので、思い切って買ってしまった。

 

シドニーへ移動してきて、「サライ」の2月号を見ていたら、渡辺力と言うデザイナーの特集をしていた。

1911年生まれで、当年101歳で現役だという。

セイコーのALBAで「RIKI  WATANABE COLLECTION」というシリーズを出しているという。

はて、その名前を聞いて、大阪の鶴橋の高級時計店の人が口にしたデザイナーの名前がピント頭にひらめいた。

買った時計を見ると、文字盤の真ん中に「Riki」とかかれている。

時計の裏蓋を見ると「RIKI  WATANABE COLLECTION」と刻まれているではないか。

おお、なんと、大阪の時計店の人が言ったのは、このデザイナーのことだったのか。

私は知らずに、渡辺力デザインの時計を、2つ続けて買ったのだ。

私は自分の好みの確かさに、自信を持った。

「おれの感覚は確かだぞ。自分の好みは確かだぞ。同じデザイナーの時計を、そのデザイナーの名前も知らずに買った。これこそ、本当の選択眼と言う物ではないか。えらいぞ、俺様」

いや、えらいのは、渡辺力と言うデザイナーだ。

他の作品も色々見たが、どれもこれも、余計な装飾のない、簡明にして、すっきりと如何にも使い勝手の良さそうな気持ちの良いデザインである。

本当の工業デザインというのは、こう言う物であるべきでないか。

実に使いよく、使っていて気持ちが良く、持っていて飽きることがない。しかも、普通の人間にも手が出せる値段だ。

渡辺力氏は101歳でまだ現役である。

これからも、どんどん良いデザインの物を送り出して頂きたい。

私は、新しく手に入れた「Riki」の時計に大変な愛情を覚えた。

大事にするぞ、失くさないぞ。

渡辺力氏のエネルギーがこもっている感じがするではないか。

 

それにしても、大阪のあの高級時計店の人が、9500円のALBAの時計を、その渡辺力氏の名前故に、大事にしてくれたのが、分かって嬉しかった。あの店の人達は、値段の高い時計だけでなく、本当のデザインをする人に対する敬意を払う人達だったのだ。

今回の、六年二組の大阪旅行は,良いことばかりだったな。

 

ただ、困ったことに、古いALBAが動き出しているんですよ。

今のところ止まる兆候もないし、正確に動いている。

と言って、いつ止まるか分からない。

困った。

2つ時計を一緒にはめて歩く訳にも行かないし、古い恋人と新しい恋人の間に挟まれて苦しむ男の感じってこんな物なのかしら。(色男って辛いのね)

今も、2つの時計を目の前に並べて眺めて悦に入っています。

あ、そんなことをしている間に、サッカーのオリンピック予選で、日本がシリアに負けちゃったい。負けるのが当たり前という下手なサッカーをしているんだから仕方がない。

まあ、いいや、私には渡辺力氏の時計が2つもあるんだから。

雁屋 哲

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