雁屋哲の今日もまた

2009-11-16

ご無沙汰しました

 ご無沙汰してしまいました

 10月31日に、それまで書いて来た「美味しんぼ」の環境問題篇の内「公共事業が引き起こす環境破壊」について、の第9話を書き上げてから、どっと落ち込んでしまった。
 単行本にする際に、1巻当たり9話が今までに妥当とされてきた話数で、それ以上多いと読者諸姉諸兄が読むのに疲れてしまうのではないかと考えて、何とか全てを9話にまとめるという課題を自分自身に課してきた。
 今回も、これほどの大きな問題を9話にまとめるというのは暴挙に近いことだと思ったのだが、漫画の意味は、読者に問題の全てを科学的に説き明かすことではなく、このような問題が起きているのだぞ、と読者諸姉諸兄に問題意識を抱いていただくために、その問題の存在をお示しすることに有ると考えて、こんな企てに取り組んだのだ。
 細かい科学的なことについては、それぞれの専門の学者に教えを請うて、間違いのないところまで詰めた。
 しかし、教えていただいたこと、自分で学んだことの、百分の一も漫画では書くことが出来なかった。

 さらに、最初の2話目、3話目を読んだ姉の言葉にひどい衝撃を受けた。
 姉は、「あんなの、面倒くさくて読む気になれないわ」と言った。
 およそ、漫画ではないと言うのである。
 私はあくまでも、漫画原作者で有りたいのであって、環境問題運動家になる気はない。
 読者諸姉諸兄が、まず漫画として面白いと思っていただけないような漫画は、漫画原作者として書いても意味がないのである。
 しかし、私自身の環境に対する問題意識もある。
 美味しい食べもの、安全な食べものは、健全な環境有っての物だと思う。
 その健全な環境を破壊する物に対しては、「美味しんぼ」を書いてきた人間として異議申し立てをする必要がある、いや、義務がある。

 そこで、「環境問題」に取り組んだわけだが、これが一筋縄どころか、百筋縄も、千筋縄も、万筋縄も、とてものことに及ばない難しい問題で、取材の途中から頭がおかしくなったが、それを漫画の形にし始めると、こんなことを始めた自分自身を激しく呪うしかなかった。
 私は、26年間「美味しんぼ」を書いているが、今度の「環境問題篇」を書くような苦しい思いをしたことはない。
 問題が問題だけに、少しでも間違ったことは書けない。
 例えば、最後の六ヶ所村の核燃料再処理工場の問題だが、これは極めて微妙な問題を様々に含んでいる。
 科学的な問題、地方の自治体の問題、国の原子力政策の問題、こういう物が入り組むと、非常に難しい。少しの間違いも許せない。
 私が大学で学んだのは量子力学である。量子力学が原子力工学の全ての基礎だ。だから、原子力の問題など、軽いものだと思っていたが、ああ、大学を出てから30年以上経ち、当時最先端の学問を学んだはずなのに全て忘却の彼方である。
 あわてて、色あせた大学の教科書を改めて開き、当時私が取ったノートを開いてみても、「ええっ! 俺はこんな難しいことを勉強していたの!」と驚くばかり。
 幸い、大学の同級生に原子力工学(核融合の専門家)がいて、その「し」に色々と現在の原子力の問題を聞くことが出来て納得出来ることが多かった。(その「し」は、今度の「環境問題篇」の六ヶ所村のところで、実名で登場するので、ご覧下さい。この「し」が、私にラーメン・ライスの食べ方を伝授したのである)
「し」に聞くばかりでは埒があかないので、昔の教科書や、最新の「原子炉工学」の本など買って読んだ。
 その結果、六ヶ所村の再処理工場には無理があると理解したが、そのようなことを、漫画ではきちんと書けないのである。
 その理由は先に書いたとおりである。
 専門的なことを私は論じたいが、それでは読者諸姉諸兄が退屈してしまう。
 それに、とても、毎回22ページの中に入れることは出来ない。
 その、妥協の産物が今回の「環境問題篇」なのである。
 ただ、大いに不満足だが、私は、問題があることを読者諸姉諸兄に示すことが出来ればそれ持って瞑すべき、と思う。
 それにしても、余りに書ききれなかった。
 だから、第9話を書き終わったとたん、すさまじい、絶望感と、自己嫌悪にとらわれてしまったのだ。書きたいことの百分の一もかけなかったことに対する悔しさ。
 漫画として面白くなかったのではないかという、恐怖。
 そして、この「環境問題篇」に取り組んでいた数ヶ月間の疲労。
 そう言う物が、一気に私の心をふさぎ責め付け、ふぬけのようになってしまった。

 物を書くことは、私に取って人生そのものである。
 だから、常に一番良い物を書きたい。
 読者諸姉諸兄に喜んでいただける物を書きたい。
 そのために、今回の「環境問題篇」は取材を始めてから一年がかりで書き上げたのだが、それを書き終わったとたんに、これで良かったのかという、苦しい反省の念がこみ上げてきて、それと一年間の疲労がどっと出て来て、すさまじく、落ち込んでしまったのだ。
 落ち込んでしまうと始末に悪い。
 何一つ書く気力が失せてしまうのだ。
 それが、この長い間のご無沙汰の理由なのです。

 そんなこととは別に、11月1日に素敵な体験をしてきた。
 その件を、私達6年2組(田園調布小学校1956年卒業の6年2組です。私達は、毎年最低で3~4回は同級会を開き、それとは別に少人数で会う機会を作って楽しんでいます。当然、私達のホームページも有るんです、掲示板と皆で写した写真を載せる、アルバムページもあります)の掲示板に書いたことを、ここにコピーする。

「今日、以前に取材を受けた朝鮮人民民主主義共和国(長いので、以下、共和国と書きます。北朝鮮という言い方は共和国の人間にとって、侮蔑的に捉えられるようです)の雑誌の記者だった方に、朝鮮第三初級学校の日朝友好バザーに招かれて行ってきました。

 校舎の中で、中古品の特売や、チマチョゴリを着て写真撮影、共和国の伝統工芸を子供たちに教えるところなど、見学をし、校庭で炭火で焼き肉とマッコリを楽しんだりして、大変愉快な一日を過ごしました。

 例の拉致問題以来、日本人の、共和国(北朝鮮)に対する態度は厳しく、同じKoreanでも、北の人間にとっては辛い日々であるようです。
 私は、金正日のしていることは許せないと言う思いを禁じ得ませんが、金正日による拉致問題を非難するのと、共和国の人間に厳しく当たるのとは話が違うと思います。

 私は親しくつきあっている韓国人の友人は何人かいますが、共和国の友人はいないので今日はよい機会だと思って参加しました。
 その中に、私が最初に書いた「男組」のファンという人がいて、自分の気にいりの場面を正確に描写してくれたので、私は感激しました。

 政治を抜きにして(と言うことは実際には難しいことですが)、一人の人間同士のつきあいとして共和国の人間と仲良くしたい、と言うのが私の思いです。

 2組のみんなも、拉致問題と金正日だけで、北朝鮮(共和国)の人間を色眼鏡をかけて見ることはやめにして、一人一人の人間として、共和国の人達と、つきあっていただきたいと思います。」

 私をその会に招いてくださったのは、「ち」さんという大変に活発な女性で、十数年前にお会いしたときにはまだ独身だったが今は素敵な連れ合いがおり、元気なお子さんもいる。
 その元気なことに圧倒されたが、私の妻も、連れ合いも、非常に楽しい時間を過ごしたと喜んでいた。
 私が、「ち」さんの連れ合いの方に「例の拉致問題で、日本人の、共和国の人に対する風当たりは強いんでしょうね」と尋ねたら、「凄いです」と言葉少なに答えられた。
 その言葉の少なさが私の心を返って厳しく捉えた。
 私は、金正日氏のしていることには非難する。
 しかし、共和国の人達とは仲良くしたいのである。

 日本と、朝鮮半島の歴史は、そもそも、大和朝廷・天皇一族が朝鮮から来たところから始まって、二千年以上続いている。
 その途中、秀吉のような誇大妄想狂が朝鮮に攻め入ったり、明治維新以後西欧化以外に自分たちの生きる道を見いだせなかった日本の指導者たちによる朝鮮の植民地化などが現在のKoreansの日本に対する反感・嫌悪を作りだした物だが、実は日本人は、朝鮮・韓国人が好きなのである。
 それは、「冬のソナタ」に始まる韓流の勢いが一番身近だかが、何のことはない、日本の芸能界、スポーツ界、文学界、ではとっくの昔から韓国・朝鮮系の人間が人気スターの座を多く占めてきたのである。
 朝鮮半島から来た天皇を崇拝し、朝鮮・韓国を出自とする芸能人・スポーツ選手にあこがれる、さらに、日本の代表的な芸術である陶芸は朝鮮から移入された物である。
 ここまで朝鮮・韓国を有り難がる民族は日本人しかいない。
 それは何を意味するのか。
 私は、日本人と、韓国・朝鮮人の間に深いつながりがあるのだと思う。
 以前、「美味しんぼ」の「日本全県味巡り」で高知県を回ったときに、「朝鮮織女の碑」というのを発見した。
 秀吉が朝鮮に攻め込んだとき、当時日本より優れていた朝鮮の技術を色々持帰ってきたのだが、その一つに織物があった。
 長曽我部元親が連れ帰ってきた織物をよくする女性が土地の人間に織物を教えて、それで地方の織物産業が興った。
 それをたたえての碑だった。

 私はこのような、日本と朝鮮・韓国との長いつきあいを考えた場合、例えば拉致問題に関して、正面から相手のメンツも考えずごり押しする方法ではなく、千年や二千年の前の、我々と朝鮮・中国が人間通し親密に話し合う道を取るしかないと思う。

 お互いの心にすんなり入り込む道を、我々は作らなければならない。

 とにかく、共和国の友人が増えて私は大満足である。
 もっと、大勢共和国の友人を増やしたい。

雁屋 哲

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シドニー子育て記 シュタイナー教育との出会い
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