雁屋哲の今日もまた

2020-09-24

追悼 廣瀬淳さん

asoyajiさんとして知られている廣瀬淳さんが2020年7月3日に逝去された。

心からお悔やみ申しあげます。

廣瀬淳さんは、1957年11月22日生まれ。

享年62歳だった。

廣瀬さんは最近定年退職されたが、それ以前は銀行にお勤めだった。

奥様のお話しによると、それ以前にもオーディオを趣味としていたが2011年頃に金沢に単身赴任しておられる頃にそれまでより一層身を入れられるようになったとのことだ。

定年退職してAsoyaji Audio を起業されたときは御家族中が驚かれたそうだ。

奥様が送って下さった2011年の雑誌「PCオーディオfan」の第4号のコピーを見ると、編集部が金沢に住むオーディオマニアの家を訪ねる企画が掲載されている。

そのオーディオマニアは、オーディオルームの設定も全て独力でおこない、アンプから、スピーカーまで全て自作でPCオーディオに取り組んでいる大変な人なのだが、雑誌の取材に合わせて、当時金沢におられた廣瀬さんがIBMのThinkPadにインストールしたVoyage MPDを持って登場する。

雑誌に掲載されている写真に写っている廣瀬さんは細身で実に精悍である。

私が廣瀬さんにお会いしたのは2019年9月のこと。

その時廣瀬さんは体に肉がついて、お顔も丸く見えた。

しかし、雑誌で見たとおりの精悍な表情だった。

私は廣瀬さんの今年5月12日のブログを読んで、廣瀬さんが入院しておられたことを知った。

お見舞いのメールをお送りすると、その中で淡々と「前立腺ガンを4年前から患っていて、今はその末期」と書いてこられた。

廣瀬さんがそのような状況にあると私は初めて知って驚いた。

しかし、その段階でも私はまだそのうち回復されるだろうと甘い予想をしていた。

去年9月にお会いしたときには非常に元気に見えたからだ。

私は高校生の時からのオーディオマニアで、大学生の時には真空管アンプを自作していた。

大学を卒業してからは時間に余裕がなくなり、アンプも何もメーカー製のものを買うようになってしまったが、自作の真空アンプを部屋を暗くして使用していると真空管の中に青いグローが飛び、出力を稼ぐ目的で過大に電圧をかけているためにプレートが赤くなるのを、いつ壊れるか、いつ壊れるか、とハラハラしながら聞いたあの頃が懐かしい。

色々遍歴があって、この六、七年は円盤を使うオーディオとは完全に決別してしまった。

円盤とは、アナログのLP盤、ディジタルのCD、SACDディスクのことだ。

では、どうやって音楽を聴くかというと、まず音楽を電気信号として取り込んで、それをディジタルファイルにする。

そのディジタルファイルをコンピューターを用いて、DAコンバーターにおくりこみ、そこでディジタルからアナログに変換して、それをアンプで増幅してスピーカーを鳴らしている。

今一般にPCオーディオと呼ばれている音楽の再生方式である。

機械的に操作する箇所が一つもない。

最近私が音楽を聴いているのを見た妻が、LPプレーアーも、CDプレーアーも使わず、コンピューターをいじるだけで音楽を聴くなんて不思議、と言った。

私はこれから可能性があるのはPCオーディオしかないと確信している。

LPについては、以前このページで如何に多くの解決不可能の問題を抱えているか、端的に書いて置いたのでそれをお読み下さい。

それに引き替え、PCオーディオはまだ不満なところもあるが、それは、理論的に解決可能である。

私はLPプレーアーは、ThorensのReferenceを使っている。

CD,SACDプレーアーは、PlaybackDesignsのMPD-5を使っている。

どちらも、それぞれ円盤音源を再生するプレーアーと言うものの能力を問うのに使うのに問題はないと思う。

この二つのディスク・プレーアーを用いても、PCとDACを使って聞く方が音が良い。(私が使っているDACは同じPlaybackDesignsのMPD-8である)

私はオーディオの追求すべき道が見えたと思う。

この私がPCで音楽を、という道をたどるのに、廣瀬さんに教えられることが多かった。

と言うより、廣瀬さんの後についてここまで来たというのが正解だろう。

ただ、これは、私だけではなく、PCで音楽を目指す人間で廣瀬さんのブログ「PCで音楽」を知らない人はなく、大勢の人が廣瀬さんに教えられてきた。

廣瀬さんはPC で音楽を聴くPCオーディオの先駆者であり、先達だったのだ。

私たちPCで音楽を聴いている人間にとって廣瀬さんは大恩人である。

その廣瀬さんがDACの自作を始められた。

その製作記は「PCで音楽」に掲載されて、私は興奮して読んだ。

それが2019年に完成した。

私は矢も楯もたまらず、廣瀬さんに試聴させて頂くことをお願いした。

廣瀬さんは快諾されて、9月に、廣瀬さんのお宅にお邪魔した。

廣瀬さんの装置はスピーカからアンプにいたるまで全て自作である。

ここが、私のような無能なオーディオマニアとは違うところだ。

その音は大変に自然で癖のない豊かな音色である。

全く無理なく低域から高域まですんなりと伸びていく。

この装置であれば、DACの音の善し悪しを判断することができるだろうと私は思った。

色々聞かせて頂いて、ASOYAJI-DACの音の良さがよく分かった。

こうなると欲が出て来るのが私の悪いところである。

このASOYAJI-DACが私の家の装置ではどんな音がするのかどうしても知りたくなった。

そこで、廣瀬さんにDACをお貸し下さるようお願いをした。

廣瀬さんはお聞き届け下さって、私の家に持込んで私と一緒に試聴しようと仰言る。まことに有り難く恐れ多いことだが、私は喜んでそのご好意を受けることにした。

当日、廣瀬さんはDACを持って、横須賀市秋谷の私の家までお越し下さった。

私の家のオーディオルームは床も壁も天井も杉板張りである。

(この杉板は、美味しんぼの取材の過程で出会った、杉の板を生かしたまま製材する製法を使って製材したもので、築後13年経つのに、いまだに新鮮な杉の香りがする。

部屋のデザインは音響専門家にして貰った。杉の板張りというと反響が強すぎて駄目だと思われるかも知れない。確かに反響はある。デッドな部屋ではない。しかし、世界中どこのコンサートホールもきちんと反響を取るようにデザインされている。デッドな部屋では音楽も死んでしまうのだ、と言うのが私の意見である。)

このような部屋なので、スピーカーそのものの音ではなく、部屋全体の響き・ホール効果を楽しむのが主眼である。

廣瀬さんの装置はスピーカーからの音を直接楽しむ形であり、私のオーディオルームとは発想が180度違う。

その環境で、ASOYAJI-DACは如何なるなり方をしてくれるのか。

実際に音を出してみると、実に良い鳴りっぷりである。

素晴らしいDACは環境が違ってもその能力は十分に発揮するのだ。

(この点で、一つ遺憾に思うことがある。

ある人が、廣瀬さんの家に自分のDACを持込んで、ASOYAJI-DACと比較して、その結果を自分の持って行ったDACの方か良かったといっていることだ。

その人はJBLの年代物のスピーカーに手入れをして元来の能力を引き出すようにした物を販売する仕事をしている。

そのような仕事をするだけあって、JBLの音に惚れ込んでいる。

さてここで問題だ。

その人の持込んだDACはPCMにしか対応していない。DSDには対応していないのだ。それにはその人の意見があって、その人はディジタル音楽は、PCMが良い、DSDはいらない、と考えているのだ。

PCMだけで、JBLと来ると、その人の好みの音質がよく分かるような気がする。

私も、4320,4344,と来て、今はDD67000を使っている根っからのJBLマニアだ。JBLの音ならよく知っている。

最近4320からJBLの魅力にとりつかれてしまった人が書いた文章を下に引用する。

「JBLはやはり中域の強烈な押し出しとその音圧が特徴的なようで

僕も正にその魔力に魅了されているのです

(特にモノラル盤をかけた時の破壊力の凄まじいこと!)」

この人の言うことには私も賛成だ。

JBLの場合、高音が爽やかだとか、繊細だとか、そういう話は聞かない。低音も凄いなどとも聞かない。

この「中域の押し出し」がJBLの最大の魅力だと思う。

で、その人は廣瀬さんの装置の音そのものに不満を抱いたのではないか。

廣瀬さんの装置は上にも書いたように素直で自然な音だ。

JBLのように強烈な音圧を出す装置ではない。

だから、その人は廣瀬さんにお願いしてDACをお借りして、ご自分の装置で使って見たら良かったのに、と残念に思う。)

さて、私の家の音場型のリスニングルームでも廣瀬さんのASOYAJI-AUDIOのDACは素晴らしい音を聞かせてくれた。

私は廣瀬さんにお願いして購入させて頂こうとも考えたのだが、一点、気になることがあった。

それは、廣瀬さんはASOYAJI-DAC作成の記事の中で強調されていたが、ファインメット・トランスが、ASOYAJI-DACでは大きな枠割りを果たしているということだ。

私は、何曲か聞く内に、ASOYAJI-DACに特徴的な音の性格を摑んだ。

それは、「鉄の音」である。

私は自分で真空管アンプを作っていて、一つ物足りないことがあった。それは、技術力と資力が不足しているせいで、出力アンプに出力トランスを使わなければならなかったことだ。

一度、出力トランスを使わないアンプ、OTL(Output Tansformer Less)アンプを聞いて愕然とした。

主力トランスを使ったアンプとOTLアンプとでは音が違う。

これは、全く好みの違いの話で、客観的にどちらがいいと言うものではない。私は、出力トランスを使わないOTLアンプの音が好きなのだ。

トランスを使ったオーディオ機器には「鉄の音」がすると私は感じてしまうのだ。

で、後日廣瀬さんに、ASOYAJI-AUDIOのDACを購入することを諦めたことを話すと、私がその日使ったアンプが40年程前の、OTLアンプ”Counterpoint”であったことを廣瀬さんは思い出されて、「ああ、Counterpointを使っているんですものね。『鉄の音』が合いませんでしたか」と言って、了解して下さった。

廣瀬さんとは二度しかお会いしたことがないのに、私の心にはその印象が強く深く刻まれてしまった。

私は、廣瀬さんのように一つのことに打ち込んで他の人が到達したことのない地点に立った人間を尊敬する。

しかし、趣味の世界で頂点に立って人間には独特の匂いがある。

独善的、というか、自分が一番だということを言葉の端々に勾わせるというか、私のような無力な人間を低く見るというか、ちょっと辛いところを持つ人が多いのだ。

しかし、廣瀬さんはそんなことはなく、聞けば何でも教えて下さる。

(そもそも、私が廣瀬さんのご厚誼を頂くきっかけになったのは、SACDのリッピングについて、色々お尋ねてして、それに対して親切にお答え下さって教えて頂いたことに端を発する。つい最近も、flacについて教えて頂いたばかりだった)

廣瀬さんは威張らず、高ぶらず、知識のない人間に対しても優しく教えて下さる、素晴らしい方だった。

62歳でこの世を去ってしまうとは痛恨の極みだ。

一つだけ、私が慰めを感じることがある。

それは、ご病気だと知って、ソーセージをお送りしたことだ。

このソーセージは「美味しんぼ」の第16巻の「五十年目の味覚」に書いてあるが、私が仙台の「勝山企業」の当時の社長、現在会長の伊澤平一さんに協力を頂いて作ったソーセージなのだ。

今スーパーなどで売っているソーセージの大半は添加物だらけの不健康でまずい物ばかりである。

ソーセージ会社に添加物なしのソーセージ作りを持ち込んだら断られた。

そこで、伊澤さんにお願いしたら、快く承諾して下さって、伊澤さんの会社の工場で実験を始めたのだ。

その結果、一切の添加物なしで、塩だけで美味しいソーセージが出来ることを証明した。

伊澤さんはそのソーセージを「勝山館」で商品として売り出した。

それが、今好評で、「楽天」の「ラ・パーチェ」でネット販売もしている。

私はその勝山館のソーセージを廣瀬さんにお送りした。

最近奥様から頂いたメールによると、廣瀬さんはそのソーセージを「美味しい」と言って召し上がって下さったと言うことだ。

それは、嬉しいのだが、生きていて下さったら、もっと差し上げることが出来たのに、と欲が出て来る。

本当に残念だ。惜しんでも余りあることだ。

廣瀬淳さん、本当に有り難うございました。

私は地獄に行く人間なので、天国に行く廣瀬さんとはお会い出来ません。

お別れです、さようなら。

雁屋 哲

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